- 名前
- マーク
- 性別
- ♂
- 年齢
- 59歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- プロフィール見てくれて、ありがとう。 セカンドパートナーを探してます。 好奇心も性欲...
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第17章:日常の温度
2026年03月06日 02:11
秋田の実家で一週間を過ごし、気持ちを切り替えたつもりで東京のマンションに戻った。だが、開いたノートパソコンの画面は驚くほど無機質だった。
リモート会議で飛び交う同僚たちの声が、遠い世界の出来事のように鼓膜を滑り落ちていく。みおは、キーボードを叩く自分の指先をふと見つめた。あの黒い湯面で、ゆうの体温を吸い取った指先だ。
「みお、コーヒー淹れたよ。少し休んだら?」
直樹の何気ない優しさが、今の彼女には刃のように痛い。マグカップを受け取る際、夫の指先がわずかに触れた。
(あ……)
その瞬間、全身を走ったのは安らぎではなく、激しい“違和感”だった。ゆうの震えとは違う、乾いた、あまりに平穏すぎる温度。みおは反射的に手を引きそうになるのを、懸命に堪えた。
夜、一人で入る風呂。ただの沸かし湯は透明で、あの銀山の重い黒さはない。けれど目を閉じれば、湯の揺れが背中を包む感触が、暗闇の中から鮮明に蘇る。
一方、ゆうは三年前まで通い慣れたベルリンの本社ビルにいた。一ヶ月の長期出張。かつての同期たちに囲まれ、パブの喧騒の中でジョッキを傾ける。
「ゆう、お前、東京では仕事がきついのか? 少し顔つきが変わったな」
笑い声と、重厚なビールの味。仕事の充実感。かつての自分が愛していたはずの「正解」の日常がそこにはあった。
だが、会話が途切れたふとした瞬間の空白に、彼は引きずり込まれる。賑やかな店の天井が、あの古い浴室の裸電球に重なる。隣に誰もいないはずの空間に、確かに誰かの吐息を感じて、彼は無意識に左手を強く握りしめた。
物理的な距離を置き、何事もなかったかのように「元の場所」で生きている二人。
それでも、日常の温度に触れるたび、あの夜の熱だけが、わずかに輪郭を増していく。
心臓の奥底で、決して溶けることのない澱(おり)のように。




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