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第2章:吐息の距離

2026年03月13日 08:18

第2章:吐息の距離

二人の間に落ちた沈黙は、完全な静寂ではなかった。
ケンイチの耳には、クミのわずかな呼吸が、ゆっくりと近づいてくるのが聞こえていた。
それは声ではない。言葉でもない。
だが、その微かな吐息こそが、二人の距離を、確実に縮めていく音だった。

クミの吐息ケンイチの喉元に触れるたび、皮膚の奥が粟立つような熱を帯びていく。
言葉を介さない距離は、ときにどんな饒舌な告白よりも残酷に、人の本能を剥き出しにする。

「……こんなに、近いのね」

クミが囁いた。
その瞬間、彼女の唇から漏れた熱い空気ケンイチの唇をかすめた。
それは誘いであり、同時に許しでもあった。

ケンイチは、腰に回した手にさらに力を込めた。
吸い付くような掌が、クミの身体の厚みを、骨の奥まで伝えてくる。
ケンイチの節くれだった指が、クミの背中を、まるで震える弦をなぞるように這い上がった。

指先が辿るのは、ただの皮膚ではない。
そこには、クミという女が歩んできた月日の重なりが、しっとりとした湿度を伴って存在していた。
肩甲骨のなだらかな起伏から、首筋へと続く繊細なライン。
ケンイチはその硬くなった指の腹で、彼女の肌の微かな震えを、そしてその奥で脈打つ血の騒ぎを、まるで盲人が文字を読み取るように深く、丁寧に確かめていく。

「……っ、ケンイチ、さん……」

クミの口から、押し殺したような吐息が漏れた。
彼女の背中が、ケンイチの指に吸い付くように微かに反る。
その柔らかな肉の弾力は、ケンイチの手に、自らがまだ「男」であることを残酷なまでに突きつけてきた。

老いという影を背負った自分の指が、彼女成熟した肉体に触れるたび、そこから鮮烈な生命の熱が逆流してくる。

ケンイチの指先は、首筋の産毛が重なる場所で一度止まり、そこからクミの項(うなじ)へと深く潜り込んだ。
熟した果実のような香りと、彼女の体温が混ざり合った濃密な芳香が、一気にケンイチの理性を蹂躙していく。

吸い寄せられるように、二人の唇が重なった。

最初は、互いの体温を確認し合うような、静かな接触。
だが、触れ合った瞬間に、長年心の奥底で凍結していた時間が、音を立てて溶け始めた。
クミの唇は、ケンイチの想像を遥かに超えて柔らかく、そして深い。

若さという勢いだけでぶつかり合うのではない。
互いが抱えてきた孤独や、これまで費やしてきた歳月のすべてを、その一回の重なりに注ぎ込むような、濃密で逃げ場のない口づけだった。

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