- 名前
- マーク
- 性別
- ♂
- 年齢
- 59歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- プロフィール見てくれて、ありがとう。 セカンドパートナーを探してます。 好奇心も性欲...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
第20章:遙かなる残熱
2026年03月09日 08:29
一ヶ月の出張を終え、ゆうは日本に戻った。
だが、その帰国は「再会」へのカウントダウンではなく、日本での生活をすべて畳むための、静かな終焉の始まりだった。
みおがそれを知ったのは、ある昼下がりのことだった。
無機質なパソコンの画面に届いた、一通の事務的なメール。
件名:帰国のご報告と、今後の体制について
来月より、ベルリン本社の技術本部長として、期限の定めのない転勤が決まりました。
(期限の、ない転勤――)
その文字を認識した瞬間、世界から一切の音が消えた。
「いつかまた、どこかで」という淡い期待、心のどこかで自分を支えていた細い糸が、十日後には、一万キロという途方もない距離の重みで、音も立てずに引きちぎられた。
それから二日間。
みおは、魂の抜けた体のまま、日常という名の舞台を完璧に演じ続けた。
夕食の献立を考え、スーパーで瑞々しい野菜を選ぶ。直樹の好みに合わせて丁寧に味を整える。けれど、自分の舌が何を感じているのかは、もう分からない。
「美味しいね」と微笑む夫に、「よかった」と微笑み返す。その笑顔が、顔の筋肉を機械的に動かしているだけの作り物であることを、直樹は気づかない。
夜、隣で眠る直樹の体温を感じるたび、彼女の心は皮肉にも、あの福島の黒い湯面で感じた、ゆうの指先の熱を求めて激しく疼いた。
日常が平穏であればあるほど、その裏側に潜む「飢え」が鋭利な刃となって彼女を抉る。
(もう二度と、会えないかもしれない)
そう思うだけで、心臓が握りつぶされるような痛みに襲われる。
仕事中も、ふとした瞬間に視界が白茶けていく。キーボードを叩く指が止まる。
ベルリン。異国の地。そこへ彼が行ってしまえば、もはや共通の言語(仕事)さえ、二人を繋ぎ止める楔(くさび)にはなり得ない。
それから二日間。
時間は、まるで凍った水のように、ゆっくりとしか流れなかった。
心は限界まで張り詰め、今にも千切れそうだった。
そんな二日後の深夜。
枕元で、スマホが白く光った。
静まり返った寝室。直樹の規則正しい寝息の傍らで、その光は網膜を突き刺すほどに鮮烈だった。
震える手でデバイスを手に取り、画面を覗き込む。
『一度、会いたい。』
ゆうが正論としていた防波堤は、もうどこにもない。 理性の檻を破り、剥き出しの心で手を伸ばしていた。
みおは、その短い言葉を見た瞬間、頬を一筋の涙が伝った。
罪悪感も、絶望も、すべてをなぎ倒して、彼女の心の奥底に眠っていた本能が、激しく、叫ぶように共鳴した。
物理的な距離が、二人を永遠に引き裂こうとしている。
だからこそ、この「一ミリ」を埋めるために、みおは、スマホを握りしめた。
そして、静かにベッドを抜け出した。




このウラログへのコメント
コメントを書く