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未完の関係③―触れなかった代償
2026年03月26日 01:28
第3回 触れなかった代償
― 抑圧の臨界点 ―
正しさは、時に残酷な飢えを生む。
由美(38)と洋一(42)が守り抜いた「幼なじみ」という聖域は、
三十年以上の月日を経て、
出口のない乾きへと変質していた。
触れなかった。
壊さなかった。
その潔癖な自制が、今、
猛毒となって二人の血を巡っている。
触れなかったことの代償は、
想像以上に重かった。
もし、あの時、
若さに任せて一度でも肌を重ねていたなら。
その熱が冷め、終わっていたなら。
二人は今頃、思い出という名の「過去」を、
迷いなく愛せていたはずだ。
「……洋くん、最近眠れてる?」
法事の帰り道、
並んで歩く距離はいつも通り。
けれど、ふとした瞬間に視線が絡むと、
そこには友情とは程遠い、
湿り気を帯びた執着が顔を出す。
三十代後半と四十代。
人生の折り返し地点が見えた今、二人は気づいてしまった。
触れなかったからこそ、
相手の「最高の状態」だけが、凍結されたまま、心の中に保存されていることに。
他の誰かに抱かれても、
その腕の中にいるのは洋一ではない。
他の誰かを抱き寄せても、
その体温は由美のものではない。
「正しく」あろうとした結果、
二人はそれぞれの伴侶を愛しながらも、
心の最も深い場所にある「空洞」を、決して埋めることができなくなった。
正しさが関係を守ったのではない。
正しさが、
二人を永遠に「未完成」という檻に閉じ込めたのだ。
内側の腐食は、もう限界に達していた。
「このまま終わる方が、きっと一生、残るよ」
由美が立ち止まり、夜の闇に溶けるような声で言った。
「だから……一度だけ、終わらせよう」
その言葉は、
三十年分の「正しさ」を焼き捨てるための、
脆い嘘だった。
けれど、その嘘に縋らなければ、
二人はこの先の人生を、
一歩も進めないほど、
互いを求め合っていた。
もう、戻れなかった。
戻る理由も、残っていなかった。




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