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愛の錯覚④ ― それでも人は誰かを選ぶ ― それでも人は誰かを求める
2026年03月31日 02:11
第4回:それでも人は誰かを求める
―錯覚の先にあるもの ―
私たちは、もう知ってしまっている。
それでも、繰り返すことも。
それが幻想であることも、
依存に変わることも、
苦しみが中毒になることも、
――それでも、なぜ人は誰かを求めるのだろうか。
1. 崩壊の確認
まず一度、冷酷に整理してみよう。
香織(32)が遼(28)に抱いた「好き」は、状況が生んだ一時の幻想だった。
二人の間に築かれた関係は、
自己価値を切り売りする依存へと姿を変えた。
そして、その離れがたい苦しみは、
欠乏がもたらす中毒となって彼女を縛り付けた。
つまり、彼女が「愛」と呼んでいたものの正体は、
とっくに壊れていたのだ。
最初から、掴める形などなかったのかもしれない。
2. 問いの転換
けれど、すべてを解体し、
焼け野原になった心の跡地で、
一つの問いが消えずに残る。
「愛がただの錯覚だとしたら。
これほどまでに不確かなものだとしたら。
なぜ人は、それでもまた、誰かを求めてしまうのか」
幸せになりたいからではない。
寂しさを埋めたいからでもない。
もっと根源的な、
抗いようのない飢えがそこにはある。
3. 意味という名の渇き
人は、正しい関係を求めているのではない。
自分の人生に「意味があった」と感じさせてくれる関係を求めている。
たとえそれが脳の誤認であっても。
たとえ期間限定の錯覚であっても。
あの一晩、遼に抱かれたときに感じた「私はここにいていいのだ」という、あの震えるような肯定感。
その一瞬の意味を掴み取るために、
人は中毒の苦しみさえ引き受けてしまう。
錯覚は、悪ではない。
それは、現実を生き抜くために、
人間が手放せなかったものだ。
4. 選択の再定義
この世界に、完璧な相手なんて存在しない。
最初から形が整った、完成された関係などどこにもない。
あるのは、不完全な個体同士が、
互いの欠落をぶつけ合い、削り合うという、無骨な現実だけだ。
けれど、
人はその中から一人を「選ぶ」。
数多いる他人の中から、
あえてその人の欠点ごと、
その人の歪みごと、引き受けることを決める。
「好き」という現象が過ぎ去ったあとに残る、
この「選び続ける」という能動的な行為。
それを、私たちは愛と呼んでいるに過ぎないのかもしれない。
5. 微かな救い
「……遼くん、さよなら」
香織は、中毒のような痛みを抱えたまま、
けれどはっきりとした声で告げた。
それは彼を嫌いになったからではない。
「幻想としての彼」に依存する自分を終え、
いつか「現実の誰か」と向き合うための、彼女なりの覚悟だった。
不完全なまま、この割り切れない人生を引き受けること。
愛が錯覚だと知りながら、それでもなお、誰かの温度に手を伸ばすこと。
それは優しさではなく、
ただ、逃げなかったという事実に過ぎない。
結び
愛は真実ではない。
けれど、選んだ瞬間、
それは自分にとっての真実になる。
愛は感情ではない。
それは「選び続ける」という、
終わりのない行為だ。
香織は、駅のホームで深く息を吐いた。
手放した熱のあとに残ったのは、
空虚ではなかった。
自分の足で歩き出すための、
確かな感覚だった。
私たちは、これからも錯覚を繰り返す。
何度も道を見失うだろう。
それでも――
あなたは、
誰かを選びますか。
それとも、
もう誰も選ばないまま、
この孤独を引き受けますか。




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