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愛の錯覚③ ― それでも人は誰かを選ぶ ― 失うことの中毒

2026年03月30日 03:33

愛の錯覚③ ― それでも人は誰かを選ぶ ― 失うことの中毒

第3回:失うことの中毒
― なぜ苦しみを手放せないのか ―

「もう、終わりにしよう」

何度、その言葉を飲み込み、あるいは吐き捨てただろう。

別れを決意するたびに、
皮肉にも香織(32)の心は遼(28)へと激しく引き戻される。

苦しいはずなのに、離れられない。

いや――
苦しいからこそ、離れることができないのだ。

人は時に、
愛ではなく、
「失うこと」に縛られる。

1. 読み終えられない物語
「あの一晩」から始まった二人の関係は、
一度も「完成」していない。

遼は香織を完全に自分のものにしようとはせず、
かといって完全に突き放すこともしない。

この中途半端な「宙吊り」の状態こそが、
香織を狂わせる。

終わった恋なら、いつか過去にできる。

けれど、この関係は違う。

いつも決定的な場面でページを破り取られた、
読みかけの物語のようだ。

結末が書かれないからこそ、
彼女は頭の中で何度もその続きを再生し、
都合のいいハッピーエンドを書き足し続けてしまう。

一度も手に入れていないからこそ、
手放すことができない。

「失うこと」は、その未完成の理想を、
未完成のまま、終わることがない。


2. 存在証明としての痛み
遼の態度の冷たさに涙を流す夜、
香織はどこかで奇妙な安堵を感じていた。

「こんなに苦しいのは、それだけ彼を愛している証拠だ」
痛みがある限り、終わっていない。
終わっていない限り、
まだ「選ばれている」と思ってしまう。

愛の深さを、幸福の量ではなく、
耐えた苦痛の量で測り始めたとき、
それは静かに中毒へと変わっていく。

彼に冷たくされ、突き放される「欠乏」の底で、
次に与えられるかもしれない「優しさ」を待つ。

その激しい揺さぶりそのものが、
香織にとって、生を実感させる唯一の刺激になっていた。

穏やかで安定した愛では、
もう彼女の心は満たされない

彼女は遼という男に恋をしているのではない。

彼によって引き起こされる「感情の乱高下」に、
ただ、抗えずに引きずられているだけだった。


3. 「失った自分」への執着
「あの一晩の、あの時の私に戻りたい」

香織が追いかけているのは、現在の遼ではない。

彼に熱く求められていた、
「あの時の自分」だ。

彼を失うことは、
その輝いていた自分をも完全に過去のものとして葬り去ることを意味する。

「……一晩を共にしただけで、あんなに特別だと思ったのに」

もし、今ここで彼との繋がりを断ち切れば、
あの夜の魔法はただの「過ち」に変わってしまう。

自分の選択が間違っていなかったと証明するために、
彼女は泥沼の関係にしがみつき、さらに傷を深くしていく。

執着しているのは相手ではない。

彼という鏡に映っていた、
かつての自分自身の幻影なのだ。


結論
「好き」ではなく、
ただ「離れられない」。

感情の強さは、
決して愛の深さを意味しない。

それは、揺さぶられ、削られ、
欠乏に支配された心が発する悲鳴に過ぎない。

恋が終わっても、
この「感情の運動」だけが慣性のように残り続ける。

香織は、ボロボロになった心で、
それでもなお遼を求める。

それが毒だと知りながら。
それでも彼女は、
手を止めない。
――終わらせないために。

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