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koe

2011年07月17日 16:55

カーテンを開けて・・・」


開かれた二つ折りの携帯電話が告げた。

言われるままにリビングにかかるモスグリーンの遮光カーテンを開く。
リビングと言っても1LDKのマンションだから寝室も兼ねていた。
今春、大学を卒業したばかりの美里には高い家賃を支払うだけの経済力はない。
満員電車が苦手な美里はなるべく職場に近い都心部マンションを選んだ。
仕送りのあった学生時代の方が広い部屋に暮らすことができていた。
家具も生活に必要なものだけにしている。
シングルサイズのベッド
せいぜいふたり分の食器を並べればいっぱいになってしまうテーブルにクッションがふたつ。
21インチ薄型テレビ
音楽は携帯用オーディオで聞く。
ただ、カーテンにはお金をかけることにした。


音と光を遮断することで、完全なプライベートを確保する。
自分だけの時間と空間の確保がストレス社会から自分を守る最善の方法だと思っていた。
だから美里テレビのスイッチも滅多に入れない。
なるべく読書に費やす時間を多く持ちたいと思っていた。
活字に埋没すると心が落ち着いてくれる。
23歳のOLにしては多すぎる量の書物が壁一面に並んでいた。
ジャンルとサイズで整然と並べられた書物は美里の性格を物語っていた。

大きな窓際に置かれたベッドに座ったまま、美里は重いカーテンを静かに開く。
この部屋には似つかわしくない重厚なカーテン
同色のバラが織り込まれたオーダーメイドカーテンだった。



レースも・・・」


続けて白い幾何学模様のレースカーテンを開いた。
3階にある美里の部屋から夜の街路が見下ろせた。
奥まった住宅街にしては幅の広い道路が目の下にあった。
さすがに深夜2時ともなると滅多に歩く人を見ることはできない。
道路を挟んだ向かい側もマンションが並び、駅へ続く表通りまで行かなければコンビニもない。
小さな街路灯の青白い光だけが路面を照らしている。



電気をつけて・・・」


もう寝るだけだと思っていた美里は部屋の明かりをすべて消していた。


(見られちゃう・・・)


部屋の明かりを灯してしてしまえば内部は丸見えになってしまう。
ほんの数秒躊躇った後、美里は枕元においた背の高いスタンドのスイッチを入れた。
黒い窓ガラスに部屋の様子が映し出され、同時に夜の景色が消えた。



白と青のストライプ
少し大きめのパジャマに身を包んだ美里が窓ガラスに映っていた。
照度の低いスタンドでは部屋全体を照らすことは不可能で、美里だけがフォーカスされている。
薄いピンクの掛け布団に膝立ちしている美里は、まるで雲の上にいるように見えた。
洗い立てのストレートヘアーは綺麗な扇形を描いて肘の上にまで届いている。
短く揃えられた前髪の奥の顔はあどけなさを残し大きな瞳が美里を見つめていた。
何故か美里は自分の視線から目を離せなかった。



「部屋の電気をつけて・・・」


開かれた携帯電話から声が聞こえる。
美里は自分の視線から目を離すことなくベッドから立ち上がると、ゆっくり後ろ向きで歩いた後、壁のスイッチを押した。
闇を見つめるために大きく開いた瞳孔が収縮するまで視界がぼやけてしまう。
曖昧な視野の中で最初に復活したのは大きな窓に映る部屋の風景だった。
十分な照度のあたるリビングはそのまま映し出され3D映画を観ているようだった。
平面に映る映画と違って、窓の向こうには奥行きがある。
そこに映った美里の部屋も立体感を持ってそこに現れた。
美里自身がその内部にいることが、余計にそう感じさせたのかもしれない。



「ベッドに戻って・・・」


映し出された部屋をゆっくり鑑賞する間もなく携帯電話に命令された。



「はい・・・」


自分にしか聞こえない小さな声で美里は答えた。
そして、ゆっくりと窓際へ歩を進めていった。
窓に映ったもうひとりの美里は、明るい部屋の中を音もなく近づいてくる。


(私達、これから・・・)


美里の意識の中にはもうひとりの自分が確実に存在感を持っていたようだ。
再びベッドの上に膝をついて立った美里は、右手をまっすぐに前に伸ばしていく。
窓の中の自分は左手を前に突き出してきた。
一番長い中指の先が最初に触れ合うことになる。


(冷たい・・・)


貴女・・・どうしてこんなに冷たいの?
美里は右にほんのわずか首を傾けて、そう聞いてみる。
もちろん返事はなかった。
自分を見つめるもうひとりの自分は左に少しだけ首を傾けただけだった。



パジャマを脱いで・・・」


携帯電話の声が耳に届く。
聞き覚えのある声だ。


(貴女なの・・・?)


美里は窓の外にいる自分に聞いてみた。


「これを脱ぐの? 今、ここで?」


もうひとりの唇が動いていた。

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