- 名前
- なな♪
- 性別
- ♀
- 年齢
- 43歳
- 住所
- 神奈川
- 自己紹介
- ※すみません。チャットはほぼ返信出来ません※ ログを書いているわりに返信が物凄く、遅...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
河井継之助さんの言葉
2015年07月02日 23:51
幕末の風雲児といわれる「河井継之助」さんの話。
継之助は江戸に遊学をし、古賀謹一郎の久敬舎に入る。
その久敬舎に在塾中、継之助の股に大きな腫物ができた。
腫物はどうも根を持っていたらしく、その後、たびたび継之助を悩ますことになる。
腫物ができても、平素と変わりなく生活をしていた。
机を並べていた鈴木虎太郎が同情すると、この試練はまたとない、良い機会だというのである。
平素から艱難辛苦(かんなんしんく)を進んで体験しなければ、男子の志というものが成し遂げられないものだという。
むしろ、こういう機会が訪れるのは珍しいから、自分の志の強弱を試すのによいという。
「河井継之助の言葉」
稲川明雄著
新潟日報事業者より
出来事が起きた時、この継之助さんのとらえ方は凄いですね。
「学問で得た力をこの機会で試しているのだ」と言ったそうです。
また、
「学問は志だが、その志を実現する絶妙の機会が、こういった病のときだ」とも語ったのです。
人のため、国家のために、自分が修めた学問を生かす事こそが大切だということです。
最後に、河井継之助さんの言葉を紹介して終わります。
「人の世に処すると云ふものは、苦しい事も嬉しい事も色々あるものだ。其の苦しい事と云ふものに堪へなければ、忠孝だの、節義だの、国家の経綸だのと云ふた処が、到底成し遂げられるものでない。
此、苦しい事に堪へると云ふことは、平生から錬磨をして置かなければ、其場合に限って出来るものでない」
このデジログへのコメント
あまんじて試練として受け入れるんですね
(  ̄▽ ̄)
なかなか出来ることではないよね
( ̄▽ ̄;)
社会や実生活に役に立ってこその学問であって、学問のための学問であっては意味がありませんね。
河井継之助は、幕末で最も尊敬出来る方です。
ただ、生まれてくる時代が、少し早すぎた感じがします。
SYUZO-さん:私もまだその域にはほど遠いみたいです
koujiさん:そうですね。どこかで役立てたいな
管理貞操帯さん:いつくらいに生まれてきてほしかったですか?
あと20年か、昭和10年代ですね。
管理貞操帯さん:なるほど。そのあたりだと私まだ生まれてないな
コメントを書く