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第12章:無味の食膳

2026年02月28日 23:38

第12章:無味の食膳

食堂は、時間が止まったかのように静まり返っていた。
数組の湯治客が、低く響くテレビの音に紛れて食事を摂っている。その隅に、二人はいた。

指定されたのは、隣り合ったテーブル。

斜め向かいという、視線のやり場に困る距離だった。「席を変えてほしい」などと言い出せるはずもない。ただ沈黙を守ることだけが、自分たちの歪みを隠す唯一の手段だった。

運ばれてくる料理は、彩りを失った無機質な物体にしか見えなかった。湯気を立てる煮物、川魚の塩焼き。口に運んでも、味がしない。ただ、喉を通り過ぎる異物感だけがある。

斜め前に座る、ゆう。

彼もまた、視線を落としたまま、機械的に箸を動かしている。昨夜のメッセージを、彼はどう受け止めたのか。問いかけたい言葉は数え切れないほどあるのに、この公共の場という皮膜が、二人をかろうじて「ただの宿泊客」の枠に留めていた。

(苦しい……)

ただそこに存在している。それだけで、肺の空気が薄くなっていくような錯覚に陥る。

ゆうの指先が、時折、茶碗を握る力を強めるのが見える。その節くれだった手の甲を見ているだけで、銀山での「一ミリの距離」が鮮明に蘇り、みおの肌は服の下で粟立った。

ゆうもまた、視界の端に映るみおの、浴衣から覗く白い手首を直視できずにいた。かつてその肌の熱を知ってしまった自分が、今さら、何もなかったかのように米を咀嚼している。その欺瞞に、吐き気がした。

箸が皿に触れる硬い音と、遠くで流れるニュースキャスターの声。

お互いの気配が、暴力的なまでの重さで胸を塞ぎ、呼吸を浅くさせる。

みおは、半分も手をつけていない膳を前に、これ以上ここに留まる限界を感じた。

椅子を引く音が、静かな食堂に異様に大きく響く。

「……お先に……」

掠れた声でそれだけを漏らすと、ゆうの返事を聞く前に、彼女は逃げるように食堂を後にした。

階段を駆け上がるみおの心臓は、激しく、そして虚しく鳴り響いていた。

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