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第6章:内側への崩落

2026年02月21日 00:19

第6章:内側への崩落

何一つ変わらない、日々が流れていった。
翻訳の仕事は相変わらず忙しく、直樹は3日勤、1夜勤のサイクルを機械的に繰り返している。
朝が来ればコーヒーを淹れ、夜が来れば隣で眠る。そんな平穏が、みおの周囲を隙間なく埋め尽くしていた。
けれど、その完璧な平穏こそが、みおを削り取っていた。
ゆうからの連絡は、今も冷たい業務内容のまま止まっている。
会えない時間が空白を埋めるのではなく、逆にゆうの存在を、心臓の奥深くに突き刺さった棘のように鋭くしていく。
声を聞かないからこそ記憶の中の声が脳内で増幅され、肌に触れられないからこそ、あの朝の痛みが幻肢痛のように全身を駆け巡る。
そんなある夜、夜勤明けで少しだけ高揚した様子の直樹が、背後からみおの肩に手をそっと置いた。
「みお、最近根詰めすぎだよ。……少し、こっちにおいで」
その手は温かく、迷いがなく、夫としての慈愛に満ち溢れていた。
けれど、その指先が首筋に触れた瞬間、みおの全身の産毛が逆立つような拒絶反応が走り回る。
(……やめて……)
心の中で叫んでいるのに、唇は固く結ばれたまま、拒む理由を見つけられない。
直樹に触れられるたび、脳裏にはゆうの大きな手のひらと、あの焼き付くような熱い視線フラッシュバックする。それでも、徐々に体の力は抜けていく。身体は、みおの意志とは無関係に、いつもの反応を返していた。
それどころか、心での拒絶とは裏腹に、身体はいつも以上に熱を帯び、直樹が与える刺激に対して、よりも深く、強い快感で応えてしまう。その生理的な姿が、みおの内側を冷徹に切り裂いていった。
直樹が満足げに吐き出す吐息が耳元で響く。
彼は何も悪くない。ただ妻を愛し、満たされているだけだ。
その「正しさ」に包まれれば包まれるほど、みおの罪悪感は逃げ場のない猛毒となって、彼女自身の神経をズタズタに引き裂いていった。
終わった後の静寂の中で、みおは再びデスクに向かう。
翻訳の原稿には、意味を成さない文字が並び始める。
ディスプレイの光を浴びながら、みおはふと、自分が今どこにいるのか、何を訳しているのかさえ分からなくなる感覚に陥った。
指先が震え、キーボードを打つ音が、まるで自分の骨を砕く音のように響く。
日常は続いている。
世界は相変わらず正しい。
それなのに、みおの精神の輪郭は、誰にも気づかれないまま、音も立てずに溶け出していた。

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