- 名前
- マーク
- 性別
- ♂
- 年齢
- 59歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- プロフィール見てくれて、ありがとう。 セカンドパートナーを探してます。 好奇心も性欲...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
第7章:無意識の共犯
2026年02月22日 23:49
指先が震えて、キーボードが打てない。
ディスプレイに浮かぶ文字は、意味を失ったただの光の羅列にしか見えなかった。自分が今、何語の世界にいるのかさえ分からない。耳の奥では、自分の骨が軋むような乾いた音が、今も鳴り止まなかった。
日常という名の檻は、もう、限界だった。
そんな時、ゆうから届いたメッセージ。
冷たい業務連絡ではなく、たった一行。
『少し、話せる?』
その短すぎる「電波」が届いた瞬間、みおの心臓は、悲鳴のような鼓動を打った。
数時間後。夕闇が迫るホテルのラウンジで、二人は向き合っていた。
周囲の喧騒は遠く、二人の間には、これまでどこにも届かなかった想いが、今、不気味なほどの熱を持って充満している。
二人の間には、濃密な沈黙が流れていた。
視線が絡む。
どちらも逸らさない。ゆうの瞳は、みおの心の奥底で今にも決壊しそうな「何か」を、冷徹なほど正確に射抜いている。
距離が近い。
身を乗り出しているわけではない。それなのに、テーブル越しに伝わってくる彼の気配が、みおの肌を直接なぞるような錯覚を与える。
息が触れる。
ゆうがわずかに唇を開き、何かを言おうとするたび、その微かな吐息が、みおの顔の産毛を揺らす。あの、正しすぎる日常の中に流れる規則正しい寝息とは決定的に違う、自分を奈落へ引きずり込むための、生々しい呼吸。
でも、触れない。
テーブルの下、あと数センチで触れ合うはずの指先は、決して重ならない。その「触れない数センチ」の空白が、言葉にならない激しい飢餓感を増幅させていく。
みおは呼吸を忘れたように、その瞳を凝視し続けていた。
ゆうは、みおの蒼白な顔、震える指先、そして迷いさまよう眼差しを、ただ静かに、深く見つめ返している。
ゆうの喉仏が、わずかに上下した。
合理と規律を重んじるはずの彼が、今、拳を解けない。
テーブルの下、限界まで握りしめられた彼の拳は、溢れ出そうになる衝動を、必死に、残酷なまでに繋ぎ止めていた。
やがて、ゆうが微かに首をかしげ、ひどく穏やかな、けれどすべてを暴くような声で囁いた。
「……大丈夫?」
その一言が、みおの鼓膜を震わせた瞬間、世界が音を立てて崩れ去った。
(大丈夫なわけ、ない……)
それは、今の彼女に最も掛けてはいけない、そして最も求めていた問いだった。「大丈夫」と答えれば嘘になり、「大丈夫じゃない」と言えばすべてが終わる。ゆうは、彼女がどちらも選べないことを知っていて、その「逃げ場のない正解」を突きつけたのだ。
みおの瞳から、堪えていた熱いものが溢れそうになる。
ゆうが静かに、けれど逃げ場を塞ぐように、ゆっくりと手を伸ばす。
その指先が、あと一ミリで触れるというところで止まった。
(連れていって)
みおは心の中で、自分でも驚くほど卑屈な、けれど純粋な願望を呟いていた。自分から手を伸ばせば、それは「自分の選択」になってしまう。だから、この「触れない距離」の暴力に耐えながら、彼女は待っていた。理性を手放し、ゆうという引力に抗えなくなる、その瞬間を。
結局、それ以上は何も起きなかった。
指先さえ触れぬまま、ゆうは静かに席を立ち、みおもまた、幽霊のような足取りでラウンジを後にした。
帰り道、駅のトイレの鏡に映った自分の顔は、まるで見知らぬ他人のようだった。
触れられてさえいないのに、あの至近距離で浴びたゆうの視線と吐息が、毒のように全身を麻痺させている。
(私は、何を確かめたかったの?)
答えはどこにも落ちていない。
むしろ、ゆうの「大丈夫?」という問いに射抜かれたことで、彼女の輪郭はさらにぼやけ、暗い砂漠の中を、ただ一人で迷いさまよい始めていた。




このウラログへのコメント
コメントを書く