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第3章:ロジックの隙間

2026年02月17日 02:00

第3章:ロジックの隙間

ノートパソコンの画面越しに、海外本社の技術チームは言葉を濁し、チャット欄には営業部からのクレーム対応への悲鳴に近い催促が絶え間なく流れていた。
ゆうは、その混沌としたノイズの真ん中にいた。
「……その件は、こちらで再検証をし、24時間以内に、実証データと共に回答を出すよう指示を飛ばします」と顧客へ説明を終えた。
感情を排した声で会議を締めくくり、カメラオフにする。高層ビルオフィスに、束の間の静寂が訪れた。
(……動悸が、まだ静まらないな……)
それは、トラブルへの焦燥ではない。もっと深い場所、自分の内側の「波長」が、この無機質な空間に馴染もうとせず、激しく抵抗しているような感覚だった。
ゆうは席を立ち、淹れたてのコーヒーを用意すると、鞄の奥から小さな袋を取り出した。昨日、みおから手渡された、手作りクッキーだ。
一口、口に含む。
素朴な甘さと、微かに香るバターの風味。その瞬間、張り詰めていた思考の糸が、音を立てて解けていった。
(……みお……)
クッキーを噛みしめ、熱いコーヒーで喉の奥を焼くように流し込む。その苦みに乗じて、抑え込んでいた記憶がどろりと溢れ出した。
脳裏にこびりついて離れないのは、シーツを掴み、指先を白く浮かび上がらせたみおの細い腕。自分の下で、理性を手放し、自分に身を預けていたあの姿。
「正しい自分」をかなぐり捨てて、ただひたすらに自分を求めて絡みついてきた、あの淫らなほどの熱量。
会議室の冷たい空気とは正反対の、光の中で露わになった彼女の肌。自分を受け入れ、共に突き抜けようとしていた、あの激しくも深い、魂の震え。
顧客への論理的な回答を探さなければならない。次のタスクが山積している。それなのに、今のゆうの身体には、キーボードを打つ指先の冷たさよりも、彼女が背中に爪を立てた、あの痺れるような痛みの余韻が、今も熱く、生々しく刻まれていた。
――その時、デスクに置いたスマートフォンの振動音が、静寂を鋭く切り裂いた。
「……っ」
弾かれたように視線を落とすと、画面には営業部長からの着信通知。無機質な青白い光が、先ほどまで脳裏を占めていた光の残像を冷酷に塗りつぶしていく。
ゆうは深く、長く、吐き出すように息を付いた。
指先に残っていた彼女の肌の熱は、エアコンの乾いた風にあっけなく奪われ、ただの冷たい事務用デスクの感触へと戻る。飲み干したコーヒーの最後の一口は、もうすっかり冷め切っていた。
彼はスマートフォンの画面を指でなぞり、呼び出し音を止める。
「はい、ゆうです。……ええ、再検証の指示は出しました。データが揃い次第、共有します」
わずか数秒。
彼の声からは先ほどの情熱の欠片も消え、再び「冷徹な技術部長」の仮面が張り付く。
クッキーの袋を丁寧に閉じ、鞄の奥へと隠す。
ゆうは、みおという名の禁断の「波長」を、再びロジックという名の鋼の殻の中に閉じ込め、淡々と目の前のディスプレイに向き合い始めた。
完璧コントロールされた日常。その薄氷のような平穏の上に、ゆうは再び踏み出していく。

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