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keiji

2011年08月01日 10:01

市部律子の勤務する私立ミッション系の女子校は市内を見下ろせる高台に位置していた。
教室にしては狭い部屋の窓には夕陽が差し込んでいる。
窓際に立ち下校する生徒たちの背中を見下ろす律子の白い顔が夕陽に赤く染められていた。
ミッション系の大学で英語教員資格を取得した律子は、卒業してすぐにこの女子高へ着任した。
教員採用が厳しい時代だったが、幸いにも付属女子高校にひとり英語教員の枠が空いたのだった。
通う生徒の保護者には多くの実力者がいた。
それなりの私財を持った家庭の子女が通っている。
着任して4年目の今年は初めてクラス担任も持たされるようになっていた。
担当クラスは新入生でおそらく卒業まで一貫して面倒を見ることになるはずだ。

放課後、生徒指導室で一人の女生徒を待ちながら律子は昨日のことを思い出していた。



・・・



校内の礼拝堂で跪き斜め上方に顔をむけた律子の目には大きな十字架が見えていた。
日の沈んだ礼拝堂は電灯を灯しているとはいえ薄暗く、豪華なデコレーションはその形を明らかにすることなく不気味な影を作っている。
なかなか暗闇に慣れない律子の目には銀色十字架だけが明確に存在を主張しているようだった。
勤務を明けてからの礼拝律子は日課としていた。
別にキリスト教徒ではないのだが、ここに来ると不思議に心を落ち着かせることができるのだった。
一日の仕事で心に溜まった垢を洗い落とすことができるような気がする。
律子は意識を空っぽにすることに勤めようと瞼を閉じて顔を俯けた。
校長や同僚の顔、生徒の笑い声、教科書の文字・・・
頭に残るそういったものが次第に薄れていく。


何の音もなく。
何色でもない。


残るのは自我だけ・・・



「助けなさい」



(え・・・?)


静寂の中に声がした。
太い男の声だった。
低いが澄んだ音は律子の意識に間違いなくそう呼びかけていた。


(たすけなさい・・・)


律子は両手の指を組み瞼を閉じたまま、男の声を反復する。


(誰?)


ようやく意識が謎として認識した。
律子は瞼を開き立ち上がると身体を回しながら周囲を確認した。

礼拝堂には律子のほかに人影はない。
いくら暗いと言っても人間の姿を捉えられないほどではない。
木製の備え付けられた椅子の間にでも隠れいるのかと思った律子は一列ごとに確認しながら出口へと向かって行った。
大きな扉の前で振り返ると、もう一度礼拝堂の中を見渡してみる。
光・音、外界と遮断された空間だけがそこにはあった。



・・・



放課後の生徒指導室
窓際で生徒を待つ律子は夕陽に染められて茜色の空を眺めている。



コンコン


扉をノックする音がした。


「どうぞ」


入口に背中を向けたまま声をかけた。
木製の引き戸が静かに開き、一人の女生徒が部屋に入ってくる。
律子は慌てずに身体の向きを変えた。


「失礼します」


チョコンと膝を曲げながら軽く頭を下げた。
これがこの学校のスタイルである。
膝下までのスカートが空気をはらみ膨らむと、その下の白い太腿を僅かに覗くことができた。
律子は顔を背けながらも、さりげなくその若い肌に視線を向けた。
ストッキングをはかなくても艶のある肌が羨ましい。
思わず触れてみたくなる衝動に駆られた。


「早紀さん、待っていたわ。そこにお掛けなさい。」


会議用デスクの前に置かれた折りたたみ椅子に早紀とよばれた女生徒が腰を下ろす。

西野早紀はクラス委員を務める成績優秀な子だった。
父親は中規模病院の院長として地元ではちょっとした名士である。
全寮制であるこの高校の学費と生活費を賄うに十分な財力を有していた。


「はい」


いかにも上品な身のこなしでお尻の半分を椅子におろし背筋を伸ばした姿に律子は自分の育ちを恥ずかしく思う。
律子もできるだけ物腰柔らかく椅子に腰をおろした。
会議用テーブルをはさんで自分を見つめる早の顔も夕焼け空と同様茜色に染まっている。
ノーメイクの肌は夕陽をそのまま吸収してしまいそうなほどに白く、律子は軽く嫉妬していた。


(こんな清純な子が・・・信じられない)


昨夜目にした写真を思い出し、未だに信じることができない自分がいた。

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