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出会い系の女69

2013年06月19日 15:51

近いうちに公園廃墟見てきます。

写真お願いします。


男はメールを返した。


しばらくすると、廃墟の女からメールがきた。

写真があった。

美人である

2万円の女は愛嬌がある顔立ちで、カラオケの女は美人の部類に入る女だった。
セフレの女は美人であるが、攻撃的な美人である。男は苦手だ。

しかし、廃墟の女は、顔立ちは派手であったが攻撃的なところはない。
カラオケの女のように癒やしかといえば、そうでもない。
エロ気がない美人といってもよい。


あなたの近くに廃墟があるわよ、公園よ。

わたしね、イッたことがないの、

イクってわからないの。

中学のときイッたきりよ、アレがイクっていうならね。

あれ以来、おまんこしてもイッたことないの。

夫も彼も、みんな5分以内なの。

わたし39でしょ、べつに、おまんこしたいと思わないわ。

おまんこより廃墟の方が興奮するの。

おまんこしたいと思わないけど男の人には興味あるわ。

あと、美味しいモノ食べるコトね、おまんこより気持ちいいわ。


読んで、男は笑ってしまった、

おもしろい女だ。

イッたことがないのだからセックス醍醐味がわからないのも当たり前だ、

なら、セックスより、他の方がおもしろいに決まってる。


女なら誰でも、心の中にみんな起伏がある。
トラウマの女と純情淫乱の女は両横綱だろう。
カラオケの女もレスという残酷な仕打ちに耐えて、
なりたくもない心の闇に否応なしに引き込まれた。

セフレの女だって、カネには不自由しなくても体に不自由している。
やっぱり、心のどこかに起伏があるはずだ。

なぜなら、女のセックスとは男と根本的に違うからだ。
男のセックスは、いわば、排泄である。むろん愛情もあろうが、
体の原理排泄である、溜まったら出す。

しかし、女のセックスはまるで違う。
排泄でなく受け入れであるからだ。

女の排泄生理であるから、直接セックスに関係しない。
つまり、女の排泄とは一番憂鬱である、が、男の排泄楽しい
スッキリする。

ところがセックスとなると、女の場合、100%以上心になる。

つまり、受け入れとは心の問題だ。
心で受け入れの準備ができないとき、どうにも、女はセックスにいたらない。
心を無視してセックスするとレイプになる。

男はやりたい、タダそれだけだ、出したい。
だから、目をつぶってでもできる。

しかし、女はそうはいかない。

体の中に入ってくる侵入物が、受け入れ可能か、これだけが問題だ。

女にとって、体とは心である。

男が女の身体に入るとは心に入ることだ。
侵入口がおまんこ、タダそれだけである。
おまんこの代理として、口がある。

簡単に言うなら、女の体とは心である。
女の体の髪の毛一本から足の爪ひとつ、どれとっても、心でできている。

たまたま、男の侵入口がおまんこ、である。

パソコンだって、インターネットのwebの侵入口は決まっている、ポート80でメールはポート25だ。
学校だって、生徒のでは入り口は校門である、ウンチの出口は肛門であるが。

まったく同じように、男の侵入口がおまんこだ。

しかし、女のカラダ全体が心でできているから、どの部署にかかわらず、
心がの直結している。

であれば、
女の心が拒否すれば、まんこどころか、
手の指にでさえ、触れられることに、忌み嫌う。

この意味で、心が鷹揚で誰にでも心を開いている女であれば、
同じように、誰にでもまんこは開く。道理である。
これを聖女という。


女の体は心でできている。

なぜなら、受け入れだからだ。

女にかぎらず、男でも、ヒトは、
何ごとかを受け入れるときは、心を決さなければならない。
決心という。

つまり、女とはいつも、決心に迫られているのだ。

クスリを飲むことだって、それなりの決心がいる。

間違えばとんでもないことになりかねない。

ましてや、どこの馬の骨ともしれぬ男である、
どんなワルサをしでかすともかぎらない。

女は男を見るたび、心が防御態勢に入る、つまり、体が硬直する。


女のセックスは、会話からはじまる。
なぜなら、コトバとは心の代理だから。

コトバは直接な心でないにせよ、心の代理である。

本心かどうかは別にして、スキといわれれば、コロイチになる確率がきわめて高い。

オオカミは、このことを熟知しているから、スキを連発する。

ウソも百万回、言われると、ホントになる。女の心は、も、熔けている。

いつしか、オオカミは楽々、女の侵入口を塞いでいる。


女の体は心でできている。

女なら誰にでもある心の起伏が、どうにも、廃墟の女は平坦なようだ。

女の起伏とは、恨み辛み、から執着や情愛といった、心の欲のことだが、
どうも、薄いように感じられた。

しかし、こればかりはリアルに会ってみなければわからない。

よく言えば、悟りの境地みたいなモノ、悪く言えば、ノーテンキみたいなもの。

すこし、他の女とは違う。

女とは、ひとたび心の内側に入れば、誰でも壮大なドラマをもつイキモノだ。

つまり、

どんなフツーのどこにでもいる当たり前の女でも、ひとたび
心の内側に入ると、
特殊で、個性的で、ただ一つで、かけがいのナイモノ、
に変貌する。

この男が2万円の女やカラオケの女で味わったことだ。

女の心の内側に入るのには、

感動

が、あれば、誰でも入れる。

思春期、青年期の男女は感動の連続だから、簡単に心には入れる。

しかし、二十歳を過ぎれば、タダの人になる。

なぜなら、何ごとにも、欲と計算が優先されるからだ。

ヒトは感動がなくとも生きられるが、欲と計算がなければ生きられない。

で、永遠に男の侵入口は塞がれる。

しかし、
女もヒトであることに変わりないから、欲と計算で侵入口を開閉する。

女の体は心でできていることに変わりない。


心が平坦そうに見える廃墟の女に、男は会ってみたくなった。
平坦そうに見えても、大きな谷が隠されているかもしれないのだ。

グランドキャニオン廃墟

どこかでつながっているように見えなくもない。


男は最近、女とは、当たり前かもしれないが、

心の百面相が、個性かもしれないと思うようになった。

心の百面相は、フツーを超人に変身させる。
そして、おまんこのあの無数の襞は、心の百面相かもしれない。

女も男もある一点に集中するところが、おまんこで、
そこに女の全神経、すなわち、心が集約される。

女と男一極集中するところ、できるところが、おまんこで、ここで女は
スーパーウーマンに変身するのだ。
もし、悪縁であれば、魔女に変身する。



2万円の女からメールがきた。

ゴメンなさあ~い

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