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「それでも日本に原発は必要なのか?」

2026年02月21日 03:27

「それでも日本に原発は必要なのか?」

前作「なぜ日本は原発を止められないのか?」に続く青木美希氏の渾身のノンフィクションです。
 前作を出版した後、青木氏は所属する新聞社から繰り返し処分を受けてきました。本作を出せば懲戒処分を受け、経済的、精神的に追い詰められていく可能性があり、自分の最後の本になるかも知れないとの覚悟で出版にこぎつけた著書です。

 彼女の強い思いの原点は、父が国家プロジェクトで行っていた原発に代わるエネルギーの研究が打ち切られたこと。父が他界した後、研究仲間たちが口々に「研究が続いていれば、今ごろ実現していた」と話してくれたこと。歴史に「もし」はないけれど、日本が原発代替エネルギーの研究開発に力を注いでいたら、自分が取材している多くの福島原発事故被害者たちの苦しみはなかったのではないか。そんな代替エネルギー模索への強い執念があります。
 もう一つは、「もしメディアがまともに監視機能を果たしていたら」という思いです。科学的に安全ではないと分かっているものを、過疎に苦しむ地方に押し付けてきた実態を、メディアは伝えていなかったのではないか。電力会社からのメディアへの原発推進の圧力と原発に批判的な記事を書く記者を追い詰める新聞社内の圧力。「福島原発事故の話はもう終わったことにしようという政官学業原子力ムラの一員にマスコミも入っているのではないか」。事実を伝えて欲しいという原発事故被災者や読者の声が、ジャーナリスト彼女を後押ししていると語ります。

 2011年3月の福島原発事故が起こり、翌年、電力の固定価格買取制度(FIT)が導入された時、私はこれで原発の時代は終わったと思った。
 ところがどうだろう、原発は再稼働され、「原発優先ルール」が再エネに逆風を与え、更に、高市政権下で原発を国の基幹産業に位置づけ、再稼働の加速の動きが!わずか15年前の大事故がなかったかのような状況!私の中にずっと「なぜ?」が渦巻いています。
 本作の中には、青木氏のルポにより、私の「なぜ?」への回答が詳細に綴られています。

 2000年当時、日本のお家芸となっていた太陽光発電技術が、原発政策に予算を奪われ、中国に負けていった経過。原発推進議員を電力会社がパーティ券の購入で後押しするからくり事故処理費用を国民が負担する理不尽事故直後の「脱原発、再エネ推進」の動きが原子力ムラの人々のによって巻き戻されていく実態。巨大な利権集団ができあがってしまうことが、いかに社会のあり方を歪め、人類未来負債を残しているかを痛感します。
 今同様に、高市政権下で、軍需ムラができつつあります。軍事費の増大が在来民需産業の予算を奪い、国民生活を窮乏させ、戦争の危機を増大させるこの動きはとても恐ろしいものです。

 2011年当時、私は、仕事で福島子どもたちの保養プロジェクト東北から関西への避難、移住の支援活動を行っていました。そこで、被災地の方々に寄り添っていたつもりになっていました。そんな私に、本作は故郷を失った人々の悲しみ、そこから立ち上がろうとする勇気を持った人々の姿をルポにより強烈な一撃を食らわしてくれました。
 見ないふりをしてはいけない、決して忘れてはいけないことがあります。

このデジログへのコメント

  • ・メグミ・ 2026年02月21日 04:34

    おはようございます。この著作は素晴らしい一冊でしょうね。現在社会の問題が凝縮されてそれを解決していこうと言う強靭な意志が伺われます。本当に大切なものを思い起こしてくれるような一撃を浴びますね。素敵な方

  • ガウディ 2026年02月21日 04:47

    > ・メグミ・さん
    本日もお疲れ様でした。青木さんの原発問題のルポには鬼気迫るものがあります。同時に原発事故被災者への寄り添いや再エネに挑戦する人を応援する気持ちはコンパッションに支えられています。

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