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ダヴィデのペニス・・6

2011年10月16日 23:26

ダヴィデのペニス・・6

水曜に行くつもりもなかった学校に行き、篠原教授のアトリエの近くを用事もなくぶらついたが、彼女に会うというほのかな期待は叶わなかった。


クラスのアトリエの外では彫刻科の生徒が扇風機にあたりながら煙草を吸い、なにやら楽しそうに談笑している。 

美大と一口に云ってもいろんな人間がいた。 
まるで工事現場の作業員さながらに制作に取り組む生徒、教授に取り入って将来は弟子入りを目論んでいるのが見え見えな生徒、現代美術にかぶれたようなアトリエの外でいつも美術談義しているアウトローを気取った生徒、そしてこれが一番多いが、淡々と授業時間だけ制作し、次の単位を消化しては帰っていく生徒達。

ぼくは彼らのなかではどこにも所属せずにいたので、ちょっと風変わりなやつ、と思われていたみたいだ。


学期はもう夏休みに入っており、制作している生徒はまれだった。


クラスのアトリエに入ると誰かひとりで粘土台で彫塑をしていた。

ここ最近よく来ている絵画科の女の子だった。
作業用の赤いつなぎを着て手入れなどしていないだろう長いくせ毛が鉢巻のように巻いたタオルからはみ出ていた。

いつもはあまりにその制作態度が真剣そのものだったので近寄りがたかったが、今日はなぜかぼくから声をかけた。

話しかけてもいいような雰囲気だったのだ。


「君、絵画科は辞めちゃったの? 

彼女はびっくりしたように振り返り、ちょっと作り笑いを含んだ無邪気な笑顔を見せた。

「いやー、お世話になってるよ。一応教授には話しつけたんだけどね。 ちょっと絵画に行き詰まり感じてて、しばらく彫塑やらせてもらってるんだよー

制作している後姿から感じられた影陰からは程遠い、どこか間延びした話し方と人懐っこい印象に好感を持った。

彼女のことはいろいろうわさする人間が多かった。 

ぼくはあまりそのことに関心がなかったが、噂というものはウィルスのように人のこころに影響を及ぼす。 

どこかのお金持ちの娘で、東洋英和女学院を出ているお嬢さんだとかそんなことを聞いたような気がしていた。


彫塑していたモデルは泉さんだと思われたが、ちょっと宇宙人のようにデフォルメされ、抽象化されていた。

「君なりの彼女の解釈なの、それ?

「うーん、違うかな。 わたしは彼女を表現したいんじゃなくて、彼女を通して何かを表現したいんだよーきっと。 絵画でもずっとやってたんだけど、2次元だとそれ限界あるような気がして

「ふーん、気持ち分かるけど、それに今近づいてる?

「全然だよ、だから面白いといえばそうなんだけど・・

ジャコメッティは好き? 矢内原伊作がモデルになって対話してる本があるけど、同じようなテーマで面白かったよ

ジャコメッティは知ってるけど、その本は知らないなぁ
あなた・・あ、神山君だっけ? わたし牧原雪ね。
その本持ってるの?

「ここの図書館にあるよ。 この間返却したから借りられてなければ

「うん、じゃあ今度読んでみるよ。 ありがとう

感想聞かせてよ。 じゃあ、また



ぼくは明日の旅行の準備をしていないことを思い出し、アトリエを後にした。 


中央線新宿まで出た。初夏の新宿の雑踏は浮かれた雰囲気で暑苦しかった。 

銀行に行きトラベルチェックを手に入れ、泉さんに勧められたコリンウィルソンの「アウトサイダー」を紀伊国屋書店で購入した。 
ボストンバッグに最低限の下着と一緒に詰め込んで、明日を待った。 

その日は遅くまで寝付けなかった。

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