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1987年春。アニメ部に行くのやめようかと思い始める…が

2021年09月02日 23:02

1987年春。アニメ部に行くのやめようかと思い始める…が

前回は絵を描いたことないだけでも大変なのに
それ以上のことをしないとアニメマンガも作れない…
…ということを知ったとこまでをお話ししました。

正直、アニメ部の部室に、行ったりいかなかったりを
最初の2カ月繰り返します。

ついていけそうにないから、続けられないな。
行くのやめて帰宅部でいいや…と思うようになりました。


そんなある日、テレビであるアニメ作品に出会います。

1987年4月から始まっていた「赤い光弾ジリオン」という作品。
(dアニメストアやU-NEXT等で見れるようです。)

内容としては、SFアクション青春グラフティ…といったとこです。

この作品を毎週見ていくうちに、どんどんアニメとしての魅力や
作品の作られ方、監督や脚本、作画監督声優などに興味を持つことができました。

この作品、当時のアニメ専門誌でも高い評価を受けていたのですが、
振り返ってみると、のちに有名作品を手掛けたり、
現在でも最前線アニメ制作を行うベテランスタッフ達の
若き頃の力強さを大きく感じるものだったことがわかります。

制作スタジオガッチャマンヤッターマンハクション大魔王で有名な、
タツノコプロ本家ではなく分室。(製作には京都アニメーションも参加)
その分室はその後アイジータツノコとなり、
押井守作品の「攻殻機動隊」などを手掛けるProduction I.Gとなっていきます。
(最近ではハイキュー!!や黒子のバスケなどをアニメ作品を手掛けている)

そんな意欲ある作品に出会ったことから、アニメーションに深く興味を持ち
絵を描くことにもしっかりとした興味を持つことができるようになるのでした。


…とはいえ、そう思ったところで絵は描けない。どうしよう?と悩む状況は
変わってはいませんでしたが(笑)

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