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成程話:大人になるということ

2017年01月23日 23:09

「大人になるということ」のお話です。


多くの人生相談を通じて気づくことは、年齢や肉体ばかりは大人でも精神的にはまったく子供のままという、似非(えせ)大人の急増です。
二十歳になったから、肉体が一人前になったから成人とは限らない。
精神的に成熟しなければ、たとえ四十歳になろうと、子供であることに変わりはありません。
(中略)
結婚して間もないという一人の女性が、人生相談にきました。
夫が愛してくれない、あれしてくれない、これもしてくれない、こんなはずじゃなかった等々、してくれないことばかりを並べたてるのです。
私はたずねました。
「あなたは、ご主人を真剣に愛し、ご主人がこうしてほしいと思われるように、毎日を勤めておられますか?」と。
その女性は首を振りながら、「愛してもいなければ、自分からは何もしていない」という答え、私は思わずいいました。
「それじゃ五分五分じゃないの?
ご主人を責める資格は、あなたにはないのよ。
あなたはね、立場を替えて考えてごらん。
もしあなたが男で、あなたのような、愛してもくれない、何もしてくれない人を妻にもらったら、かわいいと思えるだろうか。
ご主人を責める前に、まずあなたがご主人を愛し、ご主人になすべきことを精一杯勤めてごらんになることですね。
ご自分がしてほしいことは、ご主人もしてほしいことなのです。
あなたが愛してほしかったら、ご主人もあなたに愛してもらいたいのです。
自分をためしとして、まず主人に尽くせるだけ尽くしてみてください」と。

泥があるから、花は咲く
青山俊董著
幻冬舎


こんなお話があります。
ある日、お姑さんが嫁の愚痴をこぼしに禅師さまのもとへやってきた。
禅師さまはその愚痴を丁寧に聞き、たった一言「姑も昔は嫁にて候」。
意味は、「おばあさん、あんたも嫁の時代があったじゃろう。あんたの昔の姿、あんたの歩いてきた道じゃ」。
愚痴を聞いてもらってきれいに掃除されたお姑さんの心の中に、この一言が素直におさまりました。
別の日、お嫁さんがお姑さんの愚痴をこぼしにやってきました。
この愚痴も丁寧に聞き、最後に一言「嫁が姑になるにて候」。
意味は、「あなたもまちがいなく姑になる日がくる。あなたの明日の姿じゃ。ゆく道じゃ」
相手の立場に立つ、相手と入れ替わって想像してみる、そういうことが出来る人を「大人」といいます。
子供の頃の純粋な心は大切です。
しかし、幼児性からの脱却も、同じぐらい大切です。
人を非難する前に、自分はどうか?と考えられる大人でありたいですね♪

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