- 名前
- 玉こんにゃく
- 性別
- ♀
- 年齢
- 43歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 「海を見ていたら自分の悩みがちっぽけに思えてきた」という人とはわかり合えないと思います。
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現実は厳しい
2025年07月21日 23:09
猛然と「こころ」が読みたくなって母の部屋を大捜索したのにそれだけありませんでした。
こんばんは。玉こんにゃくです。
花を買えない人が貧乏なのだそうだ。
なるほど少しわかる気がする。花は日常生活において必需品ではない。あえて必要ではないもの、切羽詰まっていないものを買う金銭的な余裕と、花を愛でる心の余裕。
その二つがそろって初めて「豊かな生活」と呼ぶのかもしれない。
幸い、比較的裕福な家に生まれ、欲しいものはすべて買い与えられて育ったが、今まで自主的に、そして自分が楽しむためだけに花を買ったことはない。
いささかまずい気がしてきた。私の心はからからに乾いているのかもしれない。小さく美しいものに目を向けない冷たい人間かもしれない。「女性性の欠如」という言葉も浮かんでくる。
が、ここで私の好きな作家(女性)の言葉が私に勇気を与える。
曰く「花をもらうと困る。必ず枯らしてしまう」と。
ああ、よかった。積極的に花を欲しがらない人がいた。しかも女性で。
女性=花が好きという図式は古から成り立っているが、もちろんそうではない場合もあるだろう。しかし、そんな女性は往々にして「がさつ」という言葉でくくられてしまう。
彼女の書くエッセイや小説はどうだろう。
私が読む限り、非常にたおやかで繊細な筆致を持つ。そりゃ、日常のささいなことを適当にすませることもあるだろうが、文体からは女性らしさがあふれているのだ。
となると、花を買うかどうかと女性らしさはあまり関係なく、やはり本人の人格の問題だと言える。
翻って私はどうか。化粧もするし、洋服も好きだ。最近はサングラスの楽しさに目覚めた。十分女性らしくないか?
いや、女性らしいと言わせてもらおう。
私は女性らしい。花を愛でなくても(倒置法
ここまで考えてはたと思い出す。私の推し(男性)は花を買って帰るそうだ。
そしてそれを素敵だと思う私が確かにいる。
人が花に心を動かされることに心を動かされている。
花を愛でる人から作品を受け取れば、間接的に私も花を買ったことにならないかな?ならないか。








このデジログへのコメント
女性らしいのに花苦手女子、結構見たことあります。
なんか、自分で買うのではなく、贈られる類の花って…
女性が備えているリアリストな部分と、実は相性一番悪いまであるんじゃねえかな…と思わなくもないです。
> kootyさん
贈られた花ってうれしいもののはずなのにもてあましてしまうんですよね。花を飾ったりする女性も、そのリアリスティックな部分で冷静に「処理」していたりして。
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