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憲法改正するクソ婆ァの魂胆は?

2026年02月28日 02:36

憲法改正するクソ婆ァの魂胆は?

「主権」を剥ぎ取り、「家畜」を育てる飼育計画

「日本を取り戻す」という、耳にタコができるほど繰り返されたあの美しいフレーズ。クソをはじめとする改憲勢力が、熱心な弁舌で語り続ける「悲願」の裏には、国民の首にかけられた見えない「鎖」を、より強固な「鉄輪」へと打ち替えるという、邪悪極まるデザイニングが隠されている。

彼らが目の敵にするのは、戦後日本が曲がりなりにも守ってきた「国民主権」と「基本的人権」という、権力者にとっては最高に目障りな障壁だ。 なぜ、彼らはこれらを削り取りたがるのか。理由はあまりに単純で、あまりに卑劣だ。彼らにとって、国民とは「自らの意志で国を動かす主役」であってはならない。

国家という巨大な「自民党互助会」を維持するための、ただの「納税ロボット」であり、「国防の盾」として使い捨てられる「消耗品」でなければならないからだ。

国民主権」の削除
その真意は、この国のハンドル国民の手から奪い取り、世襲議員利権にまみれた特権階級の手に永久に固定することにある。国民が「自分たちの税金の使い道がおかしい」「当選祝いにカタログギフトを配るような首魁はいらない」と声を上げる権利そのものを、憲法という根本から去勢しようという魂胆だ。

彼らが目指すのは、国民が「選ぶ側」から、ただ「従う側」へと格下げされる、令和の絶対王政である。

さらに、「基本的人権」の制限。
これこそが彼らの本命だ。 「公の秩序」や「公益」という、彼ら自身の都合でいくらでも伸縮自在な魔法の言葉を憲法に滑り込ませ、個人の尊厳を国家の足元に跪かせる。国民が窮乏し、ハニートラップに溺れた政治家たちの失政を批判しようものなら、「公益に反する」という一言で黙らせる。

そんなディストピアを、彼らは「美しい国」というラベルを貼って出荷しようとしている。

彼らが目指す「憲法改正」の正体は、国家を強くすることではない。「自分たちを批判できないほど国民を弱くすること」だ。
失われた30年、40年と、国民を貧困の淵に繋ぎ止めてきた「生かさず殺さず」の統治。その総仕上げとして、彼らは最後の一押しを狙っている。

憲法から人権という「牙」を抜かれ、主権という「誇り」を奪われた国民は、もはや反抗することすら忘れた、ただの「従順な羊」として、彼らの贅沢なカタログギフトの代金を払い続けることになるだろう。

クソ婆ァ、高市の作り微笑みの奥には、国民を「慈しむ心」など微塵も存在しない。そこにあるのは、憲法という盾を国民から奪い取り、むき出しになった背中に「奉仕」という名の焼き印を押そうとする、底冷えするような権力欲だけだ。

彼らが語る「改正」とは、国民にとっての「解体」に他ならない。その日が来れば、私たちはもはや「国民」ですらなく、ただの「臣民」として、沈みゆく泥舟の底で、沈没の瞬間まで重い年貢を背負わされ続けることになるのだ

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