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心にも〜

2024年09月15日 08:43

心にも〜

本日の清英の書作品は
三条院(68番) 『後拾遺集』雑1・860
心にも あらでうき世に ながらへば
恋しかるべき 夜半の月かな 現代語訳

心ならずも、このはかない現世で生きながらえていたならば、きっと恋しく思い出されるに違いない、この夜更けの月が。
ことば

【心にもあらで】
「心ならずも」とか「自分の本意ではなく」などという意味です。「に」は断定の助動詞「なり」の連体形、「で」は打消の接続助詞です。「心にもあらでうき世にながらへば」とあるので、本心では早くこの世を去りたいと思っていることを表しています。
【うき世】
「浮世」、「現世」のことで、「つらいこの世の中で」というような意味になっています。
【ながらへば】
「生き長らえているならば」という仮定の意味を表しています。
下二段動詞「ながらふ」の未然形に接続助詞「ば」が付き、「これから長く生きているとすれば」という未来のことを想像する内容になっています。
【恋しかるべき】
「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形で、「夜半の月」にかかります。
【夜半(よは)の月かな】
「夜半(よは)」は夜中や夜更けのことで、「かな」は詠嘆の終助詞です。全体では「この夜更けの月のことがなあ」という意味になります。
作者

三条院(さんじょういん。976~1017年)
冷泉(れいぜい)天皇の第2皇子・居貞(いやさだ)親王のこと。
986年に皇太子となり、25年も天皇の位を待ち、1011年に即位しましたが、病弱で在位6年で次の天皇に位を譲り、翌年に死去しました。短い在位でしたが、その間に2回も内裏が火事になり、しかも藤原道長が前の天皇の一条院と自分の娘・彰子(しょうし)との間にできた皇子即位させようと、退位をせまったため、その生涯は苦難の連続でした。 ↑このサイトから転載しました。 https://ogurasansou.jp.net/columns/hyakunin/2017/10/17/1334/

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