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即興小説 M氏の事件2

2024年08月09日 16:47

さて、今回のM氏の事件について引き続き語っていこうと思うのだが、私自身が直接見聞きしたものではなく、あくまでH君の伝聞によるものであるという事に留意いただきたいのである。もちろん、類まれなる観察眼を持つH君直々に聞いた話なわけだから、私は彼の話を口述筆記よろしく書き記していけばいいわけだ。世間に発表するにあたって、差し支えがありそうな箇所は多少修正しているが、そこはご容赦いただきたい。さて、それでは物語の続きを始めようではないか。

 H君は、同窓会が開かれるS市に向けて外輸船に乗り込んだ。

 「久しぶりじゃないか! H! 待っていたよ!」

 「ああ、Mか。きみは変わらないね。その餌を与えられたばかりの犬のような目をみると、昔を思い出すよ」

「君はすっかり名探偵として有名になったようで、、、多忙な中、来てくれて本当に嬉しいよ」

 停泊場に行き、船に乗り込むと、受付をしていた男がまさに手紙をよこしてきたMだったのである。小綺麗な格好で身を固めているものの、よく見るとそこかしこに埃が付いている。クリーニングに出す暇もないのだろうかと思いつつ、H君は尋ねた。

「たかが学生時代同窓会に、船旅までおまけに付けてくれるとは企画者は余程酔狂なやつらしいね。きみが考えたのかい?」

「まさか! Bだよ」

 Mの口から、新たな登場人物であるBの名が出た途端、彼は急にそわそわと辺りを窺い出し始める。

「ふう、やれやれ、今のところは大丈夫みたいだな。いやね、今回の同窓会を企画したのはBなんだけど、ぼくは今、彼のもとで働いていてね。同級生ながら、雇い主には全く頭が上がらないというわけだ。きみと仲良くお喋りをしているところを見られるのも、都合が悪いんだ」

「なるほど、ぼくが犯罪者たちとの追いかけっこに興じている間に、きみたちの方は色々あったようだね」

 十数年は経っただろうか。無邪気な子犬も、よぼよぼの老犬になる時間である。すっかり飼い慣らされてしまったという事か。

「H、きみが最後の乗客のようだ。船はまもなく出発する。A! 部屋に案内してやってくれないか?」

 Aという名前を聞いた途端、あの全てを疑うようなH君の表情がこわばる。冷や汗すら、掻いている。

「お久しぶりね、H。あなたの活躍は、こんな田舎のあたしたちの街まで届いているのよ。もし時間があったら、貴方の口から直接、お話を伺いたいけど、、、そうね、まずは部屋まで案内するわ。こっちよ」

 黴臭い木造造りの船内の匂いが、Aが現れた途端に花畑にいるようになった。学生時代、その姿を見た者は誰もが彼女に恋をすると囁かれたAである。時を経ても、彼女の美しさは変わらず、むしろ、その表情には憂いや哀しみが加わり、かえって妖艶になったともいえるほどであった。その魔力には、あのHも逆らえず、彼も黙って彼女に従うしかなかったのである。


つづく。

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