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書きかけの小説を晒してみるシリーズ つづき

2024年06月14日 08:32

つづき


 で、そうそう、その森田くんの話なんだよ! 彼はおれよりちょっと遅れて入ってきた後輩なんだが、さとり世代とでもいうのか、とにかくシャイなあんちくしょうなわけで休憩時間になっても、休憩室の片隅で苦虫を噛み潰したような顔でベンチに座って、ボーっと時間をやり過ごしているわけだよ! もったいない! それはもったいない森田くん! 時間は有限なんだ。時は金なり、わかるかい? そんな生産性の無い無益な時間を過ごすのは、もうやめよう! これからは有益な時間を過ごそう! 彼と仕事でコンビを組む事になったとき、おれは提案したんだ。
森田と上森で夢がモリモリ! ゴールデンコンビがここに爆誕したわけじゃん! 乾杯といこうぜ! おれのオキニのテーブルに来なよ! だいじょうぶ、だいじょうぶ! おれのおごりだよ!」
そうして、おれは間違って買って捨てるのももったいないブラックコーヒー森田くんの手に強引に掴ませて、いつも自分が使ってる年季の入った木製テーブルの席に誘ったのさ。や、おれ、コーヒーミルクが入ったのしか飲めなくてさあ、やっぱ人間として甘すぎるくらいあまーいおれだから、飲みものも甘いもんが好きなわけだよ!糖尿病に気を付けたほうがいい?知らねえよ、そんなの!
「いや、ぼくは別に、ぼくは、、、」とかブツブツ言う森田くんだったけど、ほんの一瞬、口角の上がったそのときの表情、おれじゃなきゃ見逃しちゃうね! まったく可愛い後輩だよ、森田くんは!
 なあ、君も思うだろ? こんなに優しい先輩はいないよ! 老いてますます男の魅力が高まる上森正と、不器用男子の森田、最近じゃあボーイズラブならぬおっさんズラブとかあるらしいじゃん! おれたちふたりのアツい友情を見て、萌えちゃっている女子もいるかもしれない! そうだよ、例えば、今あそこ森田くんが昔座ってた隅っこのベンチに座ってた、あの子、ええと名前は、、、

「……さん! ……上森さん!!」
「うーん、ムニャムニャ、おれの初体験の相手は吉原の格安ソープで、写真じゃ24歳とかなってたのに、ムニャムニャ、出てきたのはどう見ても50くらいのババアで、まじどうなってんだよと思ったけど、金払っちゃったし泣く泣く、、、、あ、あれ、森田くん!? ここはどこ!? わたしはだれ!?」
「ここは休憩室で、あんたは上森さんですよ。椅子に座って、菓子パンをくわえたと思ったら、そのままブツブツ言いながら寝ちゃったんですよ。もう、休憩時間も残り20分すよ」
呆れたような表情で、おれを見る森田くん。ちょっと甘やかしすぎたかなあ。あんたとか言ってるし。
「まじ! おれ、国民栄誉賞受賞してインタビュー受けてたんだけど、あれ夢だったの!?」
国民栄誉賞インタビューで、ソープの話をするんですか、あんたは」
 キレのいいツッコミするなあ、森田くん!
インタビュー場所が、ここだったしなあ、なあんかおかしいと思ったんだよなあ」
夢と現実がごっちゃになるってやつだな、やだ!こわい!
「休憩前にひたすら喋りまくってたから、疲れたんでしょう。菓子パンだけは、ちゃんと食べつつも寝てましたよ。器用なもんですね」
 おれは食った感覚がないから、嬉しくはないぞ! ……ええと、なんの話をしてたんだっけ? そうだ、あの子だ!
おっぱい!」
「上森さん、ここはもう現実なんで、欲望ストレートに口に出すのはやめたほうがいいですよ」
「ちがうよちがうよ、あの名前のわからない隠れ巨乳の子の話をしたかったってわけよ」
 今、あの子がいつも座っている旧森田指定席を見たら、いなかった。どうしたのかな?
「どっちにしろ今はセクハラに厳しいご時勢だから、そういうのは控えたほうがいいですよ」
 まったく、真面目だなあ森田くんは。男にはユーモアセンスも必要だよ!
「いや、おれたちモリモリコンビって、魅力たっぷり職場アイドルなわけじゃん」
「上森さんがそう思うなら、そうなんでしょう。上森さんの中ではね」
 なに言ってんだこいつ、と言いたげな顔でおれを見る森田くんだったが、本題はここからだ。
「そんなおれたちアイドルコンビを、最近、あのおっぱいちゃんがチラリチラリと見ている気がするんだよ」
やっぱ、カッコいいからなあおれ。
「そういう思い込みはやめたほうがいいすよ上森さん、一年前もあったじゃないっすか。なんか自分のほう、やたら見てくるんだよ!あの子!とか言って、これはもう年上のおれのほうが口説いてあげるのがルールだよなって、告白しに行ったら、上森さんのズボンの後ろが破れてて汚いブリーフがチラチラ見えるのが、もう見るに耐えなくてって、新人女の子泣かせた末に結局辞めちゃった事件が」
なんで、あのときズボンが破けてるの教えてくれなかったんだよ森田くん、、、
「って、それはともかく、なんかあの子が最近おれたちの事見てる気がするのは確かなんだよなあ」
あれ以来おれはケツの穴には、細心の注意をすることにしたかんね、って事は、今度は森田くんのケツが破れてるのかなあ?
「ねえ森田くん、ちょっと立ち上がってみて!」めんどくさそうに立ち上がる森田くん「で、おれにケツを見せてみて!」
「嫌ですよ。上森さん、変な趣味に目覚めたんすか」
 おれを無視して、そのまま何処かに行こうとする森田くん。
「あれ、どこ行くの森田くん! トイレ?」
 おれが森田くんに声を掛けたのと同時に、隣のテーブル席に集まるおばちゃん軍団の会話が聞こえてきた。
「……また石橋さんの例のアレが…」
「ええ!あの子女の子なのに!?」
「……確かに挨拶もまともに出来ない子だけど、、あれを女の子に、、、」
みんな冷や汗をかきながら心配そうに喋っていたが、どこか他人事だった。


 おれは昔のことを思い出していた。新人として入ってきたばっかの森田くん、今日のあの子のように休憩室の片隅でひっそりと隠れるように座っていた森田くんを、「ちょっと来い!」と石橋が外に連れ出す。あいつは、ああやって大人しそうな気の弱いやつを呼び出して説教かますのが好きなんだ。やなやつだよなあ。まあ、よくあるいつもの事なんだけど、そのときはおれ、なにがなんだか体が勝手に動いて、石橋森田くんを追っかけてってさ。
「おーい石橋くーん!」
「あ、なんすか?」
そう声を掛けると、元ヤン仕込みにガン飛ばして睨んで来る石橋。さすがにちょっとびびったけど、男上森、この程度屁でもねえぜ!かあちゃんの方がよっぽど怖いってね。
森田くんに、何か言いたいことあるのかもしれないけどさあ。おれに任せてくんない!ほら、おれ、君よりちょっとはここに長くいるわけだしさあ」
「……はあ。わかりましたよ。じゃあ、あんたにお願いしますよ。オレに迷惑かけないようにしてくださいよ」
ちょっとの沈黙のあと、ガン飛ばしながらそう答えて、ポカーンとあほみたいな表情で立ち尽くす森田くんを残して、石橋はしぶしぶ去っていった。
 結局、それからコンビ組むまでデレることがなかった森田くん。まったく、クールなんだからあ。


「他人[ひと]のトイレの事に口挟まないでくださいよ!……あとは、、、」
 口を尖らして、休憩室の入り口のドアに手を掛ける森田くん。
「ちょっと、あの子の名前を確かめに行こうと思って」
いつものように無愛想な表情だったけど、その頬には赤みが差していて、リンゴのようだった。まあ、森田くんだから特売50円のリンゴだけどね。

 バタン、とドアの閉まる音が聞こえて、休憩室の中は一瞬、沈黙に包まれるも、しばらくすると再び、おばちゃんたちの喋り声がそこかしこから聞こえてくるのだった。

 なあ、森田くん。
 おれは、あのとき、君をなんで助けにいったかわかるかい?
 そんなこと、おれにもわかりはしないんだ。
 ただ、君を助けに行きたかったんだ。
 誰でもじゃないんだ。
 君だったから、なんだよ。



 がんばれよ、森田くん。

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