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★吉原(28)

2011年06月12日 00:11

★吉原(28)

『お直し(おなおし)』

盛りを過ぎた花魁(おいらん)と客引きの若い衆が、いつしか深い仲に。廓では「同業者」同志の色恋はきついご法度。そこで隠れて忍び逢っていたが、いつまでも隠し通せない。


主人に呼ばれ・・・
「困るじゃないか。おまえたちだって廓の仁義を知らないわけじゃなし。ええ、どうするんだい」

結局、主人の情けで、女は女郎を引退、取り持ち役の「やり手」になり、晴れて夫婦となって仲良く稼ぐことになった。

そのうち、小さな家も借り、夫婦通いで、食事は見世の方でさせてもらうから、金はたまる一方。ところが、好事魔多し。亭主が岡場所通いを始めて仕事を休みがちになり、さらにバクチに手を染め、とうとう一文なしになってしまった。

女房も、主人の手前、見世に顔を出しづらい。

「ええ、どうするつもりだい、いったい」
「どうするって……しようがねえや」

亭主は、友達から「ケコロ」をやるように勧められていて、もうそれしか手がない、と言う。


吉原の外れ、羅生門河岸で強引に誰彼なく客を引っ張り込む、最下級の女郎の異称。女が二畳一間で「営業」中、ころ合いを見て、客引きが「お直し」と叫ぶと、その度に二百が四百、六百と花代がはねあがる。捕まえたら死んでも離さない。

で、「ケコロはおまえ、客引きがオレ」

女房も、今はしかたがないと覚悟するが、

「おまえさん、焼き餠を焼かずに辛抱できるのかい」
「できなくてどうするもんか」

亭主はさすがに気がとがめ

「おまえはあんなとこに出れば、ハキダメに鶴だ」

・・・などとおだてを言うが、女房の方が割り切りが早い。

早速、一日目に酔っぱらいの左官を捕まえ、腕によりをかけてたらし込む。亭主、タンカを切ったのはいいが、やはり客と女房の会話を聞くと、たまらなくなってきた。


夫婦になってくれるかい?」
「お直し」
「おまえさんのためには、命はいらないよ」
「お直し」
「いくら借金がある? 三十両? オレが払ってやるよ」
「直してもらいな」

客が帰ると、亭主は我慢しきれず、

「てめえ、本当にあの野郎に気があるんだろ。えい、やめたやめた、こんな商売」
「そう、あたしもいやだよ。……人に辛い思いばかりさせて。……なんだい、こん畜生
「怒っちゃいけねえやな。何もおまえと嫌いで一緒になったんじゃねえ。おらァ生涯、おめえと離れねえ」
「そうかい、うれしいよ」

とまあ、仲直り。

むつまじくやっていると、さっきの酔っぱらいがのぞき込んで、「おい、直してもらいねえ」



●ケコロ・・・ケコロというのは、もともと吉原に限らず、江戸の各所に出没していた最下級の私娼の総称です。ただし、吉原のケコロは、江戸の寛政年間(1789-1801)にはもう絶えていたようです。



羅生門河岸・・・つまり吉原の京町2丁目南側、お歯黒どぶといわれた真っ黒な溝に沿った一角を「本拠」にしていました。

羅生門」とは、ケコロの女が客の腕を強引に捕まえ、放さなかったことから、源頼光四天王の一人・渡辺綱が酒呑童子(鬼)の片腕を斬り落とした伝説の地名になぞらえてつけられた名称。あからさまに恐い!

表向きは、ロウソクの灯が消えるまで二百文が相場ですが、それで納まるはずはありません。この噺のように、「お直し、お直しお直しィッ」と、立て続けに二百文ずつアップさせ、結局、素っ裸にむいてしまうという、ぼったくりだったわけです。大概は、後ろに恐いお兄さんがいて・・。

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