- 名前
- 玉こんにゃく
- 性別
- ♀
- 年齢
- 43歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 「海を見ていたら自分の悩みがちっぽけに思えてきた」という人とはわかり合えないと思います。
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まともなログを書きたいものです
2025年01月18日 21:11
裸足で寝ます。
こんばんは。玉こんにゃくです。
日記をつけ始めて三年目になる。3年連用日記なので、上の欄に目をやれば、去年と一昨年の今日の日記がすぐに読める。
過去の日記を読んでみると、非常に残念なことに、まあ成長が見られない。中性脂肪が高いとかおでんを食べたとか映画を見たとか本を読んだとかライブに行ったとか、相撲が始まると〇〇関が勝ったとか、おでんを食べたとか(なぜか我が家ではおでん率高め)、伯母から味噌が届いたとか、手が乾燥するとか持ち歩きの櫛が欲しいとか、体が痒いとか、夜団子を食べたとか、そういった事実や行動だけが書かれており、自分の感情はあまり書いていない。
子どものころにも日記はつけていたが、そのときに「何が起きたか、事実だけを書くことにする」と書いたことを覚えている。理由は「気持ちは書かなくても覚えていられるから」。
小学生なのに悟ったようなことを言っているが、確かに自分が何を思ったか、どう感じたかはけっこう覚えているものだ。私は記憶力がいい方だからだと思うが、その日の記録を読んだだけでそのときと同じ気分をもう一度味わってしまうのだ。その日の出来事を読んだだけでまた同じ気分になってしまうということは、感情を書いてしまうとさらにもう一度感情の波にさらわれてしまうことになり、その日の記憶がネガティブなものだった場合、精神的にかなりのダメージを受けて立ち直れない。
楽しいことだけを覚えておけばいいのだがそうもいかない。言葉の切れ端から、文字の様子や筆圧から記憶はあふれ出てくる。その波に飲み込まれないようにするために、読み返すときもあまり真剣にならないようにしている。「去年の今日は〇〇だったんだ」と事実だけを振り返る。そうすることで嫌な記憶を自分の中に取り込まないようにするのだ。
その代わり、いいことがあった日は当社比500%増で書く。
そうでもしないと悲しい記憶だけで私の日記は埋め尽くされてしまう。私は非常にネガティブで暗い性格なので、99のいいことがあっても、たった一つの悪いことがあればそれに支配され続けてしまう。本当に無駄な感情に振り回されて生きているのだ。私の人生に意味はあるのだろうか。
……みたいなことを考えて悶々としてしまうので、私のような人間には、本当は日記を書くということは向いていないのかもしれない。それでも日記をつけるのは、買い溜めた文房具を消費したいからということと、短くても文章を書いていると落ち着くからだ。
手書きすることで癒し効果があっても内面の成長につながらないのは私が悪いのだろうか。
ちなみに、同じく何十年も日記を書き続けている母(アラ80、早稲田大学卒、元バリキャリ)に、日記を書くことで成長したと感じたことはあるか質問したところ、「ないわよぉ。何もないわ」と爆笑していた。
こういうふうに私は生きたい。








このデジログへのコメント
素敵なお母様じゃないですか(笑)
人のやることの9割は、即意味を成すようなものは
ないのでしょうね。
後になって、じわりと効いてくる、的な。
きっと、今を生きてることも後になって、ですよ(^-^)
> ふらふらさん
私とは正反対です笑
人生とは積み重ねですね。賽の河原にならないように気をつけます。
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