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清風動脩竹

2025年01月13日 00:41

清風動脩竹

本日の清英の書作品は清風動脩竹 ③
参加している書道グループの今日のテーマです。

参考サイトより転載 https://yamabiko.ciao.jp/30_kotoba/2004_01/404_seihuu_take.html
【 清風動脩竹(せいふう しゅうちくをうごかす)】
「脩竹」とは細長い竹のことで、その竹がさわやかな風に吹かれて
さらさらと、葉鳴りの音を立てているという情景です
一陣の清風が、涼しげな竹林の間を吹き抜けることによって
なお一層、さわやかな境地を現出させるのです
風だけでも、竹だけでも、この状況は生まれません
風が竹を「動かす」ことで、この一段とさわやかな境涯が生まれるのです
                             ( 禅語便利帳:主婦の友社 )
山道を歩いていると、いろんな音が聞こえます
前出の、竹の葉が風にそよぐ音
木と木が風に揺らされ、こすれる音
川のせせらぎの音、滝が流れ落ちる音
鳥や獣の鳴き声、などなど
気持の安らぐ音から、気味の悪い音まで、さまざまです
ましてや、薄暗い林や竹藪の中を一人になって歩くときなどは
不安を抱き、焦燥感すらあおられます
風や樹木や動物が悪いわけではありません
そのときの気持のありようが、不安や焦燥感を抱かせるのだと思います

よく、「健全な身体に、健全な心が宿る」といわれます
健全な身体とは、どういうものなのでしょうか
むつかしいですが、一つの見方として、辛草風に解釈させていただきますと
身体壮健でありながら、しんどい事はしないという人が居られる半面
補助器具を使いながら山行をする人だっておられます
身体機能が劣るとか健常者である、と言うものではなく
自分の意志が、行動(実践)に移せる身体はさることながら
その人の人となりに、欠陥やかたよりがない、ことではないでしょうか
健全な心とは、「ありがとう」といえる感謝の気持を持ち
きれいなものを見て「きれい」、美しいものを見て「美しい」といえる素直な心でしょうか・・・・
山野の厳しさや優しさに触れることによって、健全な心や身体が育まれるかも知れません
だだ、真摯な気持が抱けるかどうかが「カギ」でしょうが・・・

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