- 名前
- かつみ
- 性別
- ♂
- 年齢
- 57歳
- 住所
- 神奈川
- 自己紹介
- メールの返事遅れます
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『令和三都物語(兵庫・城崎温泉編)』
2024年09月15日 00:17
梅田三番街のカフェの朝のバイトを終えた私は、大阪駅から城崎温泉行きの特急こうのとりに乗った。
12時過ぎに大阪駅を出て、終点の城崎温泉には3時前に着く。私は、駅で柿の葉寿司とお茶を買って電車の席に着いた。
母の真知子に逢うのは約2年振りになる。母が父と離婚して以来、ラインなどのやり取りはしとったけど、直接逢わんかった。逢いたくなかった訳やない。母さんも逢いたかったやろう。私も母さんが恋しかった。でも、父さんより別な男性を選んで家を出ていった母さんに逢うのは、父さんに悪かったし、私自身も、母の離婚を後押ししたような所もあったもんの、捨てられたような気持が当初強かったのから、気持の整理がつかんかったこともある。
金曜日の昼の特急電車は空いていた。
コロナが収まっていない中で、平日の温泉客は少ないのやろうか。関西人は、冬のカニを食べに城崎温泉とかに出掛けるのが好きやけど、今年はあんまりそんな話は聞かんかったし、大学の友達とも温泉に行こうとかの話もでんし、本当に久しぶりの温泉やった。特に母と温泉に行くのは何年ぶりやろうか・・
兵庫県に電車は入って、三田あたりからすこしずつ山や田園の風景が多くなってくる。線路は、京都の福知山などの町と兵庫の街を縫うように走っていく。
子供心に私の家族は、幸せそうでいて、なんかもろいところがあるように感じとった。
父さんは、普段はおとなしいんやけど、時々癇癪を起こして、母さんと喧嘩になった。普段は母さんも引いて受け止めるけど、我慢できん時は喧嘩になる。そんな時は私は貝になった。「もっと仲良く出来んのかなぁ。」そう思いながらも、子供の私ではどうすることも出来んかった。
買ってきた柿の葉寿司を食べながら外の景色を見る。
お堅い会社員の父さん。楽しみと言えば、なんやろうな。
子煩悩と言えば、そうなんかもしれん。小さい時から一人娘の私を公園とか、遊園地とか動物園とか連れて行ってくれた。
阪神競馬場とか、サッカーの試合とか、何回か連れて行ってくれたこともあったな。
そんな父とも、私が高校に入るころに単身赴任になり、帰ってくるのは正月・GW・お盆くらい。思春期ということもあってあんまり話さんようになった。父さんはちょっと寂しそうやったけど。
母さんとは、姉妹のおらん私にとっては、大きい姉さんみたいなところがあった。友達やそのお母さんから、「美咲ちゃんとお母さん、なんか姉妹みたいやね。」よくそう言われとった。でも、喧嘩もよくしたな。喧嘩言うんかな。母さんは私が身の回りが整理出来んとことか、テレビばっかり見とるとことか、小言を言ってくる。私は私でカチンとくる。
まぁ、親やから当たり前なんやろうけど、反抗期やったんやろな。子供やったんやろな。高校生ぐらいの時は、よく口喧嘩しとった。でも、休みの日とかは買い物一緒にいったり、食事にいったり、友達や姉妹みたいで楽しかった・・
母と娘やから反発するところもあったけど、美人で優しくて面白い母さんは、大好きやった。
父さんと仲が余りよくないのは知っとった。そんな母さんが私の大学入学を期に再び働き出し、そこであの人、萩原さんに出逢ったんや・・
今回の旅行は、母から来た手紙がきっかけだった。
インターンシップに行っていた大阪の食品会社に内々定が出たことをラインで知らせたところ、お祝いに温泉旅行に行かないかという手紙だった。日付はあんたに合わせるから。城崎温泉への往復の電車代も含めて、お母さんにお祝いさせて欲しい。そう書いてあった。
私たちは、ラインで細かい日程や宿を調整し、今日6月11日から一泊2日の旅となった。考えてみれば、初めての母娘二人の温泉旅行やった。
電車は城崎温泉駅に着いた。
私は、小さ目の旅行バッグを持って、有名な大谿(おおたに)川添いの新緑の柳の並木通りを、温泉街の風情を楽しみながらゆっくりと宿に向かって歩いて行った。
梅雨晴れの6月の今日は暑いくらいや。
夏が好きな私には、このお日さんを浴びていると、生きとるという気持になってくる。こういうところは、寒がりの母と似とるんかもしれん。
宿は、温泉街の奥座敷、ロープウェイ乗り場に近い宿、湯喜。ネットで見たら貸し切り露天風呂があるお洒落で高そうな宿やった。母さん、奮発したなぁ。そう思ったけど、二年ぶりの私との温泉旅行をリッチな旅にしてくれたんは嬉しかった。
三方を山に囲まれた温泉街の奥まったとこに宿はあった。
庭園を囲むように客室があり、上質な感じの宿やった。仲居さんに案内され母さんが予約した部屋に向かう。
「お連れ様。先程部屋に着いてお待ちですよ。」
そう仲居さんが言ってくれる。母さんに会うんは久しぶりなんでなんかドキドキする。小島真知子やのうて、萩原真知子に会うのは初めてや。母さんは変わったやろうか・・・
「わぁ、美咲、久しぶりやなぁ。めっちゃ大人びて綺麗になったやん。前は可愛いという感じやったけど、今はめっちゃ別嬪さんやわ。」
仲居さんを前にしてのはしゃぎっぷりに、こっちは少し恥かしくなる。母も綺麗や。もともと綺麗やったけど、女として輝いとるということが、少し見ただけで感じられる。
「ご親戚さんなんですか。」
仲居さんがお茶を入れながら聞いてくれる。まぁ、久しぶりに温泉で会う親子もそうおらんやろうなぁ。
「いいぇ。親子なんですよ。私が離婚して二年前に家を出ちゃってねぇ。それ以来の親子温泉旅行なんです。」
おやおや。この親は人前ではっきり言うわ。でも、恥かしいことしとらんし、隠すことでもないと思っとるんやろうな。前から、はっきりしたとこはあったけど、再婚して肝っ玉も座ったんかなぁ。
「あっ、そうなんですか。じゃあ、お母さんと娘さん、親子水入らずで当温泉の宿泊を存分にお楽しみ下さい。」
お茶入れ終わって仲居さんが出ていく。
難しそうな家庭環境をあっけらかんと言う母親の態度に、少し驚いているようやったけど、いろんな客が来るであろう仲居としては、そのぐらいでは動じる必要もないのかもしれん。
「なんよう、美咲。なんも喋らんと。こっち来てよう顔見せてよ。」
「だって、お母さん、久しぶりに会ってしかも人前やのにテンション高いんやもん。ちょっと恥かしいて合わせられんかったわ。」
「そんなん気にしとるん? やっぱり年頃やねぇ。」
おいおい。普通気にするやろ。
「お母さんも、なんか綺麗になったなぁ。前がそうでなかったという意味やないんよ。」
「ほんまぁ? お世辞でも美咲にそう言われると嬉しいなぁ。」
「萩原さんと一緒になって幸せなんやね。女の幸せがオーラで出とる気がするわ。」
「女の幸せかぁ。生意気いうなぁ。でもそうかもしれん。母さん幸せやよ。それも、美咲があの時に母さんの背中を押してくれたおかげやと思っとるんよ。ありがとう。それに、苦労かけとるのを心苦しく思っとるんよ。」
「止めてよ、お母さん。うちはお母さんに笑って生きて欲しかっただけやから。それに辛気臭い顔して家におられて、父さんと喧嘩されてもなぁ。うちが居ずらかったの知っとるやろ。」
「うん。知っとった。あんたは子供の時から、喧嘩しとるお父さんと母さんの間に立って、悲しそうな顔をしとったもんなぁ。ごめんな。」
「もうええやん、母さん。この旅行は、思いっきり楽しもうと手紙に書いとったやん。」
「せやね。そうそう。ここの貸し切り露天風呂予約しとってん。二人で入ろな。その後は、浴衣で城崎温泉名物の外湯に行って。商店街をお土産探しながら歩いて、美味しい晩ごはん食べて・・・」
「楽しみ目白押しやね。」
「そうそう。二年ぶりの親子水入らずや。楽しまんとな。」
私たちは旅館の鮮やかな浴衣を選ばせて貰い、それに着替え、貸し切りの露天風呂に向かった。
母は紺色の浴衣。私のはエンジに花柄の浴衣。
浴室前の脱衣スペースで着物を脱ぎ、浴室に入る。
この温泉名物の貸し切り露天風呂は三つあって、私たちが入ったのは、浴槽に一面の花びらやフルーツが溢れているもの。花などの匂いが浴室に広がっている。軽く身体を洗って、二人で浴槽に浸かる。二人で入っても余裕があるサイズの檜のお風呂に浸かるのは気持がええ。久しぶりの温泉。しかも母さんと。
「あんた、美人さんになっただけでのうて、身体も色っぽくなったなぁ。彼氏できたん?」
「うん。出来たよ。お互い、就職活動とかであんまり最近会ってないけどな。」
「そうかぁ。なぁ、一度、母さんに会わせてな。前から、彼氏出来たら会わせてくれる約束やったやないの。」
「そうやったっけ?」
「そうやったよ。」
「そうか。お母さんも、なんか、肌艶良くて、女の私が見ても色っぽいなぁ。やっぱり、女は愛される男と一緒になるんが一番なんやね。」
「生意気言うなぁ。でもそうかもしれん。うん。母さん今とっても幸せやよ。しかも、可愛い娘と温泉に一緒に来られるって最高やわ。」
気のせいか、母は少し涙くんだ眼で私を見ているようやった。
その後、背中の流し合いっこをして、もう一度湯船に使って私たちは露天風呂を出た。
冷たい飲み物を飲んで少し休んだ後で、浴衣を着たままで外湯へと向かった。城崎温泉は、浴衣を着て外湯をめぐって湯あみをするのが一般的だ。街全体が温泉宿と言われる所以やった。
私たちは、モダンの和風な建物が可愛いと評判の外湯、柳湯へと向かった。
来る時に通った川沿いの柳の並木通りを、母さんと二人で浴衣を着て通る。時々、お土産屋さんなどを覗き見しながら。
最初はぎこちなかったが、段々と元の仲の良い母子の関係を取り戻している感じがする。女同志の会話やから何気ないものが殆どやけど、二年間の間を埋めるようにいろんなことを話す。やっぱり楽しいな、母さんと一緒にいるの。私は、ずっとお母さんを求めてたんやな・・
柳湯の温泉を堪能した後は、宿へと戻る。途中に美味しそうなジュラード屋さんがあったので、一緒に店先で食べることにした。
母さんは黒豆よもぎのジェラート、私はストロベリーミルフィーユのジェラード。バニラアイスに自家製いちごジャムとホワイトチョコ、パイを混ぜ込んだぜい沢な味やった。
「母さん、私ね。彼氏おるんやけど、ちょっと合わん気がして、別れようかと思っとる。」
「そうなん。でも、美咲がそう感じ取るんやったら、そうしたらええやん。あんたは昔から感がええ子やから、美咲に合わんことは敏感に察知しとったからねぇ。」
「ねぇ、母さん。お父さんとはなんで結婚したん?」
「えっ、そっちの話?」
「そうねぇ。短大出て会社で働き出して、父さんに見染められて・・。初めて男性に口説かれたからねぇ。免疫無かったんやな。」
「あはは。免疫なかったんか。」
「そう。悟さんに出逢って、本当に相性のいい人ってこういう人やというんが分かった。あん時は若かったなぁ。でも、父さんと結婚したこと後悔はしとらんよ。楽しいことも多かったし、何より美咲という可愛い娘が出来たからね。」
「うん。ありがとう。私も、うちの家族はいろいろあるけど、父さんと母さんの娘で生まれて良かったと思っとるんよ。」
「そうか。そう思って呉れとるんなら嬉しいなぁ。」
「そうそう。父さんのことなんやどね。」
「うん、何?」
「どうやら、彼女出来たみたいやわ。」
「えっ、ほんま? あの朴念仁がなぁ。なんで分かったん?」
「まぁ、女の感やね。父さん、最近楽しそうやよ。」
「そうかぁ。でも良かったわ。父さんにも幸せになって欲しいからね。」
「うん。」
「私もあんたに話すことがあるんよ。」
「えっ、何っ?」
「実はね・・」
「なんかもったいぶるなぁ。何っ?」
「私、妊娠してん」
「えっ、マジっ?」
「そりゃ、驚くわねぇ。22で結婚して23であんたを産うんで、今、45歳や。まさか出来るとは思わんかったわ。」
「え~っ! じゃあ、私おねえさんになるん?」
「まぁ、そういうことになるねぇ。」
「嬉しいわぁ。知っとるやろ、私一人っ子やったから、お姉ちゃんや妹がいる友達が羨ましかってん。お母さんやお父さんが遊んでくれるっちゅうても、やっぱり子供の時は一人で遊ぶ時間が多かったからなぁ。」
「そうやったねぇ。」
「悟さんはどない言っとるん?」
「めちゃくちゃ喜んでくれとりはるわ。悟さん、前の奥さんとは子供おらんかったからなぁ。前から女の子が欲しかったらしくて、「たぶん、女の子やろ?」って、今から女の子の服やらおもちゃやらネットで楽しそうに探してはるわ。」
「今から? そりゃ凄いなぁ。でも、そこまで楽しみに思われて生まれてくる子は幸せやわ。そうかぁ。うちも楽しみやわ。」
「ありがとう。祝ってくれるんやね。」
「そりゃそうやん。私もええ人見つけて、早く結婚して子供は最低でも三人は欲しいわ。」
「あんた、昔からそない言っとったなぁ。だから、今日の外湯は子授の湯にしたんよ。」
「そうやったんや。でも、先ずは母さんみたいに素敵な人を探さんとなぁ。」
ジェラードを食べ終わって、二人は宿へと戻ることにした。
「ねぇ、母さん。手を繋いて歩いてええかなぁ。」
「ええよ。私もあんたと久しぶりに手を繋ぎたいわ。」
繋ぐ手と手
母の優しさと、母と過ごした時間がよみがえってくるような気がして温かい気持になった。
そして、母の胎内には、私と血のつながった妹か弟の生命が宿っている。
私は、母と悟さん、そして生まれてくる子の幸せを祈った。
父さんの幸せを祈った。
そして、私も、素敵な男性とめぐ逢い、可愛い子供が授かることを強く願った。
幸せのコウノトリに運ばれて・・・
(兵庫編 終わり)
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