- 名前
- かつみ
- 性別
- ♂
- 年齢
- 57歳
- 住所
- 神奈川
- 自己紹介
- サイト暫く休みます
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『令和三都物語(京都編)』後編
2024年09月12日 06:21
駅前を通って、二人は竹林のある方に向かってゆっくりと歩いていく。平日の嵐山は、びっくりするぐらい往来の人も少ない。まだ、コロナで国内の観光客も少ないのだろうか。
竹林の道も、人影はまばらだ。徹とここに来たいと私がお願いしたことが、やっと年を経て叶えられた。
「スマホやけど、記念に写真撮ろうか。」
「うん。撮りたい。」
徹は、近くを歩いていた年配のカップルに頼んで、スマホで私たちの写真を撮って貰った。
「後で、ラインのアドレス交換しような。写真送るわ。」
「うん、ありがとう。」
付き合っていた当時は、逢うと途切れなく二人は話をしていた。どちらかというと、私の方が彼に話しかけていた。あまり話す方で無い私だったが、どういう訳か、徹に対しては、止め処なく話したいことが浮かんでいたし、徹はその私の言葉を受け止め、そして発展させ、楽しい会話が二人の間に交わされていた。
だけど今日は、私も緊張の為か、余り上手く話すことができなかった。話したいことはあった。聞きたいことも沢山あった。でもそれは、歩きながら交わせる内容でも無かった。早く、桂川沿いの河川敷で座りたかった。落ち着いて、彼に聞いてみたかった。
なぜ今日私を誘ったのか、そして、どうやってあの手紙は届けられたのか・・・
渡月橋近くの店でお稲荷さんとお茶を買って、渡月橋が良く見える川岸のベンチに腰をかけ、二人の間にお稲荷さんを置いて、昼食を取ることにした。お稲荷さんは小ぶりのシンプルな五目稲荷。薄味の京都らしい味だった。
梅雨晴れの穏やかな6月、久しぶりに徹と食べる昼食はなんだか不思議な感じがする。
「あの手紙な。」
徹が話始める。
「うん。」
「スマホで見てたら、香川の瀬戸内の島に、出せんかった手紙を預かる郵便局とポストがあるっちゅうのを見てな。勿論、本当の郵便局やないねん。昔あった郵便局に、ボランティアで昔の郵便局員がおるとこやねん。」
「うん。」
「そこのポストに、昔出せんかった手紙を入れると、届けてくれることがあるっちゅう記事やってん。俺、それを見た時な、涼子に出せんでずっと持っとった手紙のことを思い出したんよ。」
「私のとこに届いた手紙やね。」
「そう。今日、涼子が来てくれたっちゅうことは、やっぱりあの手紙届いたんやなぁ。昔の涼子の住所に昔の涼子の名前。おまけに切手は当時の封書の料金や。俺が、その香川の島の郵便局のポストに入れた手紙や。」
「そうやったね。なんで、届いたんかなぁ。」
「うん、分からへん。でも、思いが通じたんやないかと思う。涼子と喧嘩して、あん時は、涼子から謝ってくるまで俺からは謝らへんぞと思っとった。」
「うん。私も同じこと思っとった。二人とも頑固なとこあったからねぇ。」
「そやな。でも、俺から、涼子の誕生日の約束やし、俺から謝らなぁあかんと思って、手紙を書いたんよ。」
「うん、ありがとう。でも、その時は出さんかったんやね。」
「そうやね。今考えると、なんでかなぁ。ちょっとした勇気なんやけどなぁ。何を意固地になっとったんかなぁ。」
「私もそう思うわ。」
「その内、出すタイミング無くなって、約束の涼子の誕生日が来てしもた。」
「うん。」
「もしかしたら、涼子から連絡が来るかもしれんと思っとったけど、全然来よらへんかった。」
「そやね。私も待っとったんよ。」
「そうか。お互い、待っとったんか。」
「そうこうしとる内に、一年が過ぎた。今考えてみると、なんでそんなに何もせんで、待っとったんかな。」
「うん。」
聞いているだけで、思い出すだけで泣き出したくなる。
「その内、智子から涼子が結婚することを聞いた。それを聞いた時、涼子が俺のとってどれだけ大事な存在やったか、やっと分かったわ。」
私は、言葉を返すことが出来ない。
「当分、恋愛なんてする気が起こらんかった。でも、涼子と別れて、3年ほど経った頃かな、両親の勧めで見合いすることになった。それが今の嫁や。一人息子がおって、高校を出て消防士になって働いとる。」
「そうなんやね。」
彼が結婚した話や、男の子が一人生まれた話は、会社を辞めてからも付き合いがあった智子から聞いていた。私はもうその時には結婚もして葵も生まれていた時だったけど、何か、人生で失ってはならないものが、私の手からスルリと落ちていったような気がしたのを覚えている。
「嫁は俺によう尽くして呉れとるええ嫁や。だけど、なんか、あの出せんかった手紙を捨てることが出来んかったし、涼子のことも忘れることが出来んかった。それで、香川の出せんかった手紙を受け取る郵便局の話を見た時、もしかしたら、あの手紙が出せるんやないかと思った。やっと、涼子に謝って、嵐山に一緒に行けるんやないかと思った。」
「うん。」
私は泣いていた。嬉しかったのか、悲しかったのか、複雑な気持がこみ上げ、私は泣いていた。
「俺は今日電車に乗って嵐山に向かいながら考えとった。もしも、もしも涼子が今日来とったら、何を話そうか。何を伝えようか。もう、後悔はしとうないからね。」
「うん。」
私は徹の言葉を待った。
「人生、後戻りは出来ん。あの手紙を出せなかった時に戻ることは出来ん。だけど、やり直すことは出来る。俺はずっと後悔しとった。そしてやっとその手紙を出せた、そして涼子にこうして再び逢えた。涼子、俺ともう一度やり直して欲しい。俺は離婚して君と一緒になりたい。人生の最後に過ごす相手は君しかいないと思っとる。」
私は震えながらその言葉を聞いていた。長い間、言葉を返すことができなかった。徹と別れて以来、夫には悪いと思いながらも、何度となく、徹と結婚してたらどんな人生をおくっとるやろうと考えたことがあった。でも、夫との生活や葵を否定するかのようなその考えを私は打ち消してきた。そして、その気持を心の奥底に沈めてきた。
何か答えなきゃ。でも、なんて答えよう?
私は混乱していた。
涙を流している私に、徹はハンカチを差し出してくれる。
そのハンカチで涙を拭きながら、徹が私に言ってくれた言葉、葵が私に言ってくれた言葉、今日の朝、夫が私に言ってくれた言葉、それらが私の頭の中に浮かんで来た。
「ごめんな。結婚しとる涼子が、答えられんようなことを言ってしもた。答えは直ぐでなくてもええし、答えてくれんでもええ。俺の我儘な告白だということはよく解っとる。」
私は徹の眼を見た。真っ直ぐに私を見つめるその眼を。
そして、私は彼への答えを、私のこれからの人生の歩むべき道を決心した。
「私ね、徹・・・・」
49歳の誕生日を徹と嵐山で迎えたその日。私にとって生涯忘れられない一日となった。
(京都編終わり)
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