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念ずれば花ひらく
2014年12月18日 23:52
小学生から財界人にまで愛され、癒しの詩人と言われた坂村真民さんのお話です。
坂村真民さんは、1909年熊本県に生まれました。
8歳のときに小学校の校長であった父親を亡くし、失意と貧乏のどん底生活に陥ります。
広い庭をもった屋敷から一家6人は、村はずれの小さな藁小屋の家に移り住むようになります。
家は雨が降れば、6人が寝る場所もないほど雨漏りがひどい有様。
履く物は自分で作り、生きていくために母親の内職を手伝うという貧乏生活でした。
真民さんは5人兄弟の長男として、母親を助け、弟妹たちの世話もし、幾多の困難を乗り越えていきます。
そんな困窮する生活の中でも、真民さんが望むように、母親は中学、さらにはその上の学校に進ませてくれました。
真民さんは、国語教師をしながら詩作を続け、多くの人に愛される詩をたくさん残しました。
次の詩は、真民さんが40歳を超え、身体を病み、失明しかかっているときに生まれたものです。
苦労に苦労を重ね愛情深く育ててくれた母親の生きる姿が生きる原点となっています。
念ずれば花ひらく 念ずれば 花ひらく 苦しいとき 母がいつも口にしていたこのことばを わたしもいつのころからかとなえるようになった
そうしてそのたび わたしの花がふしぎと ひとつひとつ ひらいていった
この詩は、多くの人を慰め、励まし、勇気づけてきました。
ある母親は、真民さんの詩が好きでよく子どもに読んで聞かせていました。
ところが、ある日、生活が苦しく将来への希望をなくし、子どもをつれて死のうとしました。
まさにその時、子どもが覚えていたのでしょう、「念ずれば花ひらく」という一節をつぶやいたのだそうです。
母親は、ハッとして死ぬことを思いとどまったというのです。
真民さんは2006年に97歳で永眠されました。
「念ずれば花ひらく」は多くの人に共感を呼び、その詩碑は全国、さらに外国にまで建てられているそうです。
このデジログへのコメント
強く思うこと口に出すこと
心が折れなければ
なんとかなるんですよね
( ̄ー ̄)
はい。
良い言葉です。
色々を考えて、涙が出てしまった。。。
SYUZO-さん:ですね。今の私の願いは婦人科系の病気から回復することかな~。ってまた違う話ですかね
ゆうき2さん:ありがとうございます(*^_^*)
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