- 名前
- sokichi
- 性別
- ♂
- 年齢
- 70歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 何事も興味を持ち柔らかい頭に保つ、おおらかな性格明るいと思います。
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
法務局の境界立会
2008年07月25日 07:41
今日は、10時に法務局が地図を作成する、ということで土地と隣接する土地との境界の調査確認に来るという。
昔は伊能忠敬が全国を自分の足で回って日本地図を作った。
それの小型版かなぁあ、と思い立ち会うことにした。
しかしこの土地の登記は父になっていて、亡くなった父の名義をまだ相続してないのである。
なかなか、相続が面倒でそのままにしてある、父の預金に定期が入っているので、不動産税がマイナスで貯まっている。
これも早く処理しなければならないのだが、いつまでも両親が居てくれるようで、なかなか変更出来ないでいる。
朝、さつきの盆栽が地植えになっているのが 四つある、これは母が痴呆になり始めた時、世話が出来なくなる自分に気づき自ら地植にしたものである。
水をあげると、枝を整えるのになかなか剪定出来ない母が私に
「お前ここを切ってくれ」とよく言って私に切らせた。
「わたしにぁあ、勇気がなくて切れないんだ」と良く言っていた母である。
このさつきの枝の切り口が水をあげる時に切り口を見ては母のその言葉を思い出す。
今日のこの立会いを期に、相続をきちんとし、さつきも盆栽として鉢に植え替えようと決心しようと思う。
母が亡くなる時、医師にターミナルです、と言われて毎日特養施設の母に朝に夕に二時間会いに毎日行った。
ターミナルと言われたら長くても二週間で亡くなると言われていた。
しかし、母は意識が毎日はっきりしてきて話が出来るようになった。
私を怒った、それが嬉しくて・・怒らせたりしていた。
三か月も元気に生きていたのである。
毎朝毎夕行くのが楽しい日々でした。
そんな、時寂しそうな顔を一瞬するようになった母を見て。
お母さん、僕はあなたの子供として生まれてきて嬉しかった。
ここまで育ててくれて本当にありがとう、感謝しているよ。
もう僕もしっかりしてきたから、大丈夫だよ生きていけるから。安心してお父さんの所に逝っていいよ。
と手を握りながら言ったのです。
翌朝6時にヘルパーさんから電話があり「よしえさんに反応がないので、病院に連れて行きます」という。
すぐ病院に駆け付けたが・・・静かに亡くなっていた。
その前日の私の言葉に・・・私はいまでもその母の顔が水撒きすると浮かぶのです。
もう今週は花火大会が始まる。
このデジログへのコメント
コメントを書く