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支配の正体③ ― 個人という名の支配
2026年04月08日 02:16
第3回:個人という名の支配 ―愛情という名の検問所 ―
国家が領土を奪い、企業がユーザーを囲い込むように、
個人の関係においても、目に見えない「統治」が進行している。
それが、執着という名の支配だ。
私たちは、それを「愛」や「心配」という言葉で呼びたがる。
だがその実態は、相手を独立した存在としてではなく、
自分の安心を担保するための「管理対象」として扱うことにある。
支配は、しばしば献身の形で始まる。
「これだけ尽くした」
「君を一番理解しているのは私だ」
その言葉は好意ではない。
相手の自立を削り、自分なしでは成立しない関係を作るための“積み上げ”だ。
一度それを受け入れれば、
そこから抜け出すコストは、単なる別れ以上の重みを持つ。
相手の行動を監視し、交友関係を制限する。
視界を自分だけに固定し、外部との回路を遮断する。
それは親密さではない。
相手を自分の領域に留めるための、静かな検問所だ。
支配したいのではない。
ただ、自分以外の世界を歩む相手を、認められないだけだ。
「守る」という言葉が、相手の輪郭を消していく。
その境界を越えたとき、関係は対話ではなく、侵入へと変わる。
支配とは、強さではない。
それは、相手の自由に耐えられない弱さの露呈だ。
関係は、すでに壊れているのかもしれない。
終わりを受け入れられなかった執着は、もはや繋がりではない。
それは――
自尊心を守るために他者を囲い込む、
静かな侵略だ。








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