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見えない安全保障② ― 食料安全保障
2026年04月03日 01:17
第2回:食料安全保障 ― 胃袋を他者に預ける危うさ ―
ある朝、いつものコンビニの棚からパンが消える。
「物流の遅れです」という貼り紙を、私たちはまだ、一時的なトラブルだと信じている。
だが、3日が過ぎ、スーパーの棚から米や麺類が消え、卵や肉の価格が数倍に跳ね上がったとき、私たちはようやく気づくのだ。
私たちが謳歌していた「豊かな食」は、砂上の楼閣だったのだと。
最初に困るのは地方ではなく、都市だ。
食料の輸入が止まったとき、都市は1週間も持たない。
1日目。輸入の途絶が報じられる。
3日目。買い占めが始まり、物流網がパニックで麻痺する。
5日目。家畜の飼料が尽き、乳製品や肉の供給が止まる。
7日目。店頭から主食が消え、私たちは「お金を出しても買えない」という現実に直面する。
これは、遠い国の寓話ではない。
自給率38%という数字が、突きつけている未来のシミュレーションだ。
私たちは、世界中の食材を安く手に入れられる「食の自由」を享受してきた。
だが、その実態は「食べられる国」ではなく、単に「買えている国」に過ぎない。
「国産」と書かれた野菜であっても、その種や、育てるための肥料の原料は、その多くを海外に依存している。
野菜の「種」も、成長のための「肥料」も、実は海の向こうにある。
私たちは、自分たちの胃袋の鍵を、見知らぬ他者に預けたまま、飽食の夢を見ていたのだ。
農業は、単なる一産業ではない。有事における「最後の防衛線」である。
効率化の名の下に、耕作放棄地が広がり、担い手が消えていく。それは、国家という防壁に、音もなく巨大な穴が開いていくのと同じことだ。
かつて、安全保障とは軍事力の問題だった。
だが今、最大の脅威は「飢え」という形で、静かに食卓から忍び寄る。
金があれば解決できるという神話は、世界的な人口増や異常気象による「食の争奪戦」の前で、すでに崩れ去っている。
胃袋を他国に預けることは、生存の決定権を譲り渡すことと同義だ。
安さを選んだ代償として、私たちは「自分で自分を養う力」を、どこかへ置き忘れてきてしまった。
小麦のほとんどを輸入に頼るこの国では、その瞬間、パンも麺も作れなくなる。
薄氷の上の安寧が割れたとき、私たちは、自分たちの命をどうやって繋ぎ止めるのだろうか。
都市の灯りは、今夜も明るい。
だが、その供給網が途切れたとき、
この都市は、長くは持たない。








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