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叶った夢、破れた夢20/チョン・テセ

2010年06月16日 23:23

叶った夢、破れた夢20/チョン・テセ

ベトナムは統一していましたが、私は生きている内にドイツが統一されるとは考えられませんでした
今、祖国が分断されているのは、北朝鮮韓国だけです

昨日のワールドカップブラジル
開始前に一人泣いていた選手を貴女もご覧になったと思います
Jリーグでプレーする在日3世の鄭大世(チョン・テセ

韓国籍チョン・テセ北朝鮮代表として出られたのは、統一して欲しいとの願いがサッカー協会だけでなく、世界中のみんなの願いだからです

北朝鮮出身の母の願いでもありました
母子二人の願いが叶って、北朝鮮代表として出る事が出来た


イデオロギー宗教は、妥協出来ません
争い、戦争の原因の殆どがこの二つ
もうそろそろ一緒になってもいい


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ブログの方にも来て下さい
http://kyoka55.blog102.fc2.com/
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Jリーグでプレーする在日3世の鄭大世(チョン・テセ)(26)が15日、北朝鮮代表としてワールドカップ南アフリカ大会のブラジル戦のピッチを踏んだ。
韓国籍の鄭大世にとって、かなわぬはずの夢が、現実となった瞬間だった。
44年ぶりに出場した「祖国」の国歌が流れた。丸刈りで臨んだ鄭大世は一人、人目もはばからず大泣きした。

名古屋市生まれ。朝鮮籍の母李貞琴(リ・ジョングム)さん(59)の方針もあり、小、中、高と朝鮮学校で学ぶ。北朝鮮への愛国心はおのずと育まれていった。
初めて北朝鮮の地を踏んだのは高校3年の夏。サッカー部の「修学旅行」だった。最終日に平壌の羊角島(ヤンガクド)競技場の駐車場で開かれた焼き肉パーティーであいさつした。「この競技場に、胸に国旗をつけて必ず戻りたい」
子どものころ、父鄭吉夫(チョン・ギルブ)さん(69)から「日本人の2倍、3倍努力しろ」と言われた。アピールできるのはサッカーしかなかった。2006年にJ1川崎フロンターレ入団。代表レベルのストライカーへと成長した彼の前に立ちはだかったのが、国籍だった。
鄭大世は父親と同じ韓国籍パスポートはなく「宙に浮いている難民の状態」と母は説明する。在日の複雑な立場により、北朝鮮代表入りは不可能と思われた。 母は代表の試合をテレビで見て、「あそこに大世を出したい」と大泣きした。それが、周囲の働きかけもあって、本人の強い要望を国際サッカー連盟が受け入れた。北朝鮮パスポートの発給を許可したことで特例が認められた。閉ざされていた道が開かれた。

試合で鄭大世は走り回った。2点のリードを許したが後半44分、自身のアシストで一矢を報いた。「サッカーを始めたときから、この日をずっと想像していた。この大きな場所で世界一ブラジルと戦えたことをうれしく思う」と試合後に語った。
注目を浴びる日本や韓国の代表のことをうらやましいと思うこともある。それでも胸を張って言える。「自分が背負って戦える国は、一つしかない」(朝日6-16)

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