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干拓地奇譚(18)

2010年03月17日 21:49

o 港から、おいちゃんのクルーザーで出港。もうワクワクで、港のそばにそびえる『鶏の頭で肥料をつくる工場』からただよってくる謂く言いがたい臭気も、なにやらん香ばしい。早朝の海上は冷気もさほどではなく、むしろ生ぬるい感じで、やや当惑。やたら厚着してきた俺は、さっそくパーカーをぬぎすてた。凪の海上は波ひとつない。右手に見える海苔皹が奇妙に荒涼としていて、沼地めいてる。

おいちゃんは、巨大とも見えるサングラスと目深にかぶる帽子で、顔のほぼ上部をすべて覆いかくしていて、まあ地元の漁師には見えない。船尾の甲板で携帯椅子にこしかけ、じっとうごかずに後方をながめているのか、とおもったらさにあらず、どうやら携帯端末凝視してる。ここって電波はいんのかな。それに舵を放置で、大丈夫なのかよ。

小型のそれは、俺が見たことのない類のもので、B5サイズのパソコンか。しかし画面はまったく違った風に見える。あきらかにネット介してデータ通信してるな。

ほとんど会話なし。俺は船首の波から風にのってくる潮のにおいをかいだ。早春の海上って、こんなだったっけか。

それは突然、脳裏によみがえった。ふと、俺が小学生のころ、まだ生きてた妹とおやじと三人で、こういう生あたたかい春の日に、やや南部の A 市にある N 港から出るフェリーにのって、対岸の S半島へと旅行した事を思い出したんだ。

。。。妹は、11歳で世を去った。彼女は、まあいわば小児癌の犠牲者だった。悪性奇形腫とかいう種類で、まず彼女の卵巣に病巣があらわれた。その医師は、うちがガン家系ではないという点、この種類のガン(遺伝子疾患の可能性が高い)の発生をけっこういぶかしがった。彼の学説によれば、ほぼ例外なく家系で判断というか説明が出来る種類だ、というのだ。

あっという間だった。『おなかがいたい』と泣きながらうったえる彼女は、突然、集中治療室へとうつされた。蒼白の医師は、くも膜下モルヒネ投与の開始を看護師に命じた事を、両親に告げた。母は、もう泣きもせず、呆然とたたずむ。手にはわたされた病状の詳細をしるしたA4の紙の束。父は腕をくみ、集中治療室の扉の横の丸椅子に座したまま、中空を見すえた。。。。

思い出すだに、震えがはしる。俺は、これほど身近なものの『死』を目前にする事の用意が、到底、まるで出来てはいなかった。なにかの冗談だろ、としか思えない。妹が何くわぬ顔で治療室から出てくるのを、心待ちにしていたのだ。そうしてむやみやたらに両親に話しかけた。

あの瞬間。母は、。。。涙をたたえた目で、なにか、虚空をにらみつけたように感じた。口がうごいたんだが、俺には、どうも『ぜったいにゆるさない』と言ってる風に見えたのだ。父が椅子からとび上がった。母をだきかかえ、俺に「ちょっとそこにいな。すぐもどる」というなり、彼女を外へつれ出した。母の足取りはまさに、生への意欲を完全に喪失した人間のそれだった。

あの日から、母はものすごく寡黙になってしまった。。。

。。。。クルーザーの欄干を全力で握りしめていた。やばい。なんで、あれを、こんな絶頂躁状態で思い出しちまうんだ??だめだ、我ながら、テンションが変すぎ。どうしちまったんだろ。ふぅ。。。。。

「おい、タクミ、ちょっとあれ、見てみろ」

とびあがった。真後ろに、おいちゃんが立っていた。

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