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竹取物語

2009年11月27日 21:02

子供を寝かしつける際、お話しを聞かせるのは古今東西変わらない習慣。

その機会を捉え、出来る限り日本の民話を聞かせて民族の文化の継承を図るわし。


最近、「かぐや姫」の話をしていて、その飛躍したストーリーに改めて思い至り、ウィキペディアで調べてみました。

以下、ウィキペディア竹取物語」の項、「あらすじ」の部分をそっくり引用。

「今は昔、竹を取り様々な用途に使い暮らしていた竹取の翁(おきな)とその妻の嫗(おうな)がいた。翁の名は讃岐造といった。ある日、翁が竹林に出掛けていくと、光り輝いている竹があった。不思議に思って近寄ってみると、中から三寸ほどの可愛らしい女の子が出て来たので、自分たちの子供として育てる事にした。その後、竹の中に金を見付ける日が続き、翁の夫婦は豊かになっていった。翁が見つけた子供はどんどん大きくなり、三ヶ月ほどで年頃の娘になった。この世のものとは思えない程美しくなった娘に、人を呼んで名前を付ける事になった。呼ばれてきた人は「なよ竹のかぐや姫」と名付けた。この時、男女を問わず人を集めて、三日に渡り祝宴をした。


幼子を見つける竹取の翁(土佐広通、土佐広澄・画)世間の男達は、高貴な人も下層の人も皆何とかしてかぐや姫結婚したいと思った。その姿を覗き見ようと竹取の翁の家の周りをうろつく公達は後を絶たず、彼らは竹取の翁の家の周りで過ごしていたが、その内に熱意の無い者は来なくなっていった。最後に残ったのは好色といわれる五人の公達で、彼らは諦めず夜昼となく通ってきた。五人の公達は、石作皇子、車持皇子右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂といった。

彼らが諦めそうにないのを見て、翁がかぐや姫に「翁も七十となり今日とも明日とも知れない。この世の男女は結婚するもので、お前も彼らの中から選ばないか」というと、かぐや姫は「なぜ結婚などしなければならないの」と嫌がるが、「『私の言う物を持って来る事が出来た人と結婚したいと思います』と彼らに伝えてください」と言った。夜になると例の五人が集まって、或る者は笛を吹き、或る者は和歌を詠い、或る者は唱歌し、或る者は口笛を吹き、扇を鳴らすなど行っていた。翁は公達を集めてかぐや姫の意思を伝えた。

その意思とは石作皇子には仏の御石の鉢、車持皇子には蓬莱の玉の枝、右大臣阿倍御主人には火鼠の裘(かわごろも)、大納言大伴御行には龍の首の珠、中納言石上麻呂には燕の産んだ子安貝を持って来させるというものだった。どれも話にしか聞かない珍しい宝ばかりで、手に入れるのは困難だった。

石作は只の鉢を持っていってばれ、車持は偽物をわざわざ作ったが職人がやってきてばれ、阿倍はそれは燃えない物とされていたのに燃えて別物、大伴は嵐に遭って諦め、石上は大炊寮の大八洲という名の大釜が据えてある小屋の屋根に上って取ろうとして腰を打ち、断命。結局誰一人として成功しなかった。

そんな様が帝(みかど)に伝わり、姫に会いたがった。喜ぶ翁の取りなしにも関わらず彼女はあくまで拒否を貫くが、不意をついて訪ねてきた帝に姿を見られてしまう。しかし、一瞬のうちに姿を消して地上の人間でない所を見せ、結局帝をも諦めさせた。しかし、帝と和歌の交換はするようになった。


月へ帰って行くかぐや姫(同上)帝と和歌を遣り取りするようになって三年の月日が経った頃、かぐや姫は月を見て物思いに耽るようになった。八月の満月が近付くにつれ、かぐや姫は激しく泣くようになり、翁が問うと「自分はこの国の人ではなく月の都の人であり、十五日に帰らねばならぬ」という。それを帝が知り、翁の意を受けて、勇ましい軍勢を送る事となった。

そして当日、子の刻頃、空から天人が降りて来たが、軍勢も翁も嫗も戦意喪失し抵抗出来ないまま、かぐや姫は月へ帰っていく。別れの時、かぐや姫は帝に不死の薬と天の羽衣、帝を慕う心を綴った文を贈った。しかし帝は「かぐや姫の居ないこの世で不老不死を得ても意味が無い」と、それを駿河国の日本で一番高い山で焼くように命じた。それからその山は「不死の山」(後の富士山)と呼ばれ、また、その山からは常に煙が上がるようになった。」 

(引用終わり)


わしね、子供の頃に親に聞かせてもらったとは思うんですが、ストーリーをじっくりと味わったのは実は高校古典の時間なんです。古文の勉強だった訳ですが、何とも異次元な話の展開に引き込まれました。



この古典、実は日本最古の物語とされていることをご存知でしたか?

(ウィキ竹取物語」の項、導入部分から引用)

竹取物語(たけとりものがたり)は、日本最古とされる物語である。竹取物語は通称であり、竹取翁の物語ともかぐや姫の物語とも呼ばれた。成立年、作者ともに不詳。仮名によって書かれた最初期の物語の一つでもある。

光り輝く竹の中から現れて竹取の翁の夫婦に育てられたかぐや姫の物語。『万葉集』巻十六の第三七九一歌には、「竹取の翁」が天女を詠んだという長歌があり、この物語との関連が指摘されている。

(引用終わり)

益々驚きますね。我が国の文化遺産の豊かさに改めて瞠目、先輩達に脱帽。

では一体誰が、このSFチックでもある超古典を書き上げたんでしょうか?

(ウィキ竹取物語」の項、「成立」の部分から引用)


作者についても不詳である。作者像として、当時の識字率から庶民は考えられず上流階級に属しており、貴族の情報が入手できる平安京近隣に居住し、物語内容に反体制的な要素が認められることから、当時権力を握っていた藤原氏の係累ではなく、漢学・仏教・民間伝承に精通し、仮名文字を操ることができ、和歌才能もあり、貴重だった紙の入手も可能な人物で性別は男性だったのではないかと推定されている。以上をふまえ、源順、源融、遍昭、紀貫之、紀長谷雄などの作者説が唱えられているが、いずれも決め手に欠けている。


(引用終わり)


こんなところもロマンですなぁ。反体制のツールとして書かれた物語ですか。



今も昔も、文学は表現。



明日の夜、子供を寝かしつけながら「かぐや姫」のお話を聞かせる際には、色々と考えながら話すことになりそうです。



長々と読んでくださり有難うございました。



皆様良い週末を。

このウラログへのコメント

  • ゆきの 2009年11月28日 01:26

    かぐや姫 小さい頃の絵本での記憶でしか無く、富士山の由来も含んでいたのがビックリでした。

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