- 名前
- ベソ
- 性別
- ♂
- 年齢
- 64歳
- 住所
- 海外
- 自己紹介
- 我ハ墓守也。
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Being an Asian
2009年01月19日 12:19
ここは嘗て、我が国を戦争で破った国である。元々ここで平和に暮らしていた兄弟と呼べる原住民たちを移民が嘘をついて殲滅し築いた国である。私はそれを自覚しつつも、この国に依存し、そして半ば魂を売るようにして暮らして来た。
我が国に住居を移した後でも、この国との縁は切れない。今また仕事でこの国に短期間滞在しつつ、この国の支配者層たる白人が集うレストランで夕食を摂る機会があった。
そこで見かけたのは・・・客、ウェイトレスすべてが白人である店で、白人夫妻に養子として迎えられたらしい中国人と思しき幼子二人。見渡す限り白人の店内で、そのアジアの顔立ちが目に付き、また痛ましく思えた。
"Don't let these people think you are anydifferent, okay?"
私はその幼子の前に膝まづき、その手を取って目を見つめながら言った。幼子は何も分からないように、私の顔をぽかんとして見ていた。
引き攣った笑いを作って私は同行者と夕食の席に着いた。白人の国で暮らすというのはこういうことなのだ。それを避けたいがために、自分の子供には味あわせたくないがために私は日本への帰国を決意した。その後は美味しいはずのワインも、食事も私には上の空だった。
自分が社会の中で異質な存在であると、普通の一構成員であると自覚できないことのストレスはそうなってみないと分からない、と思う。願わくは複雑な経緯を経て、この国に暮らすようになったであろう自分と同じ肌の色の幼子が、辛い思いをせずに済むように。自分たちがMajorityである白人に対し何ら劣る、恥ずべきところなどないと信じて成長できる環境であるように。
人間の普遍的な心理の中に差別は存在している。自分はあの人たちより優れている、あの人たちとは違うということを信じたい心理は進歩、革新を希求する心理の裏返しなのだろう。それがつまり、中東、東アジアでの途切れなく続く流血の根本原因となっている事実を直視できる人が何割いるだろうか。
一時でも外国で過ごすことは新たな視点をくれる、と思う。私は自分とは違う肌の色の同僚と呼ぶ人たちと夕食を摂った。
このウラログへのコメント
海外に居ると、そういうこと感じることありますね。
特に、ヨーロッパで感じましたよ。
生意気な事を言いますが…
親がしっかりしていれば、子供は卑屈にならずに育つと信じています…
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