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- 「元」がつきますが一応プロの小説家。現在、 カムバック目指して修行中です。 そんな私...
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字の上手い人・下手な人 その1
2016年05月14日 21:12
前回に引き続き、言葉に関する話です。
前回は言葉の意味、いわばソフト面でしたが、
今回はハード面、字について。
何かと言いますと。
昔から私が、大反対を叫んでる主張がありまして。
「字を見れば人格がわかる」
「少なくとも、丁寧に心を込めて書いたかはわかる」
「下手でもいい、丁寧に書け。その心は字で相手に伝わる」
ふ・ざ・け・る・な。
と、私は真面目に低い声で怒ります、こういうの。
一番下のやつは、前半だけならいいんですが。後半はダメです。
どういうことか。
過去ログでさんざん言ってきましたが、私はグズでノロマで不器用で、
何をやらせてものび太君状態で、子供の頃から苦労してきました。
かけっこはビリ、跳び箱でコケ、逆上がりできず、リコーダー吹けず、とか。
だから。
私は強く身に染みて、嫌ってほど知ってるんですよ。
「必死に努力して努力して、頑張って、それでギリギリ人並っていう人がいる」
「その一方、何の努力もせずゴロゴロしてても、ハイレベルにできる人もいる」
と。
練習しなくても歌や絵が上手、毎日走り込んでなくてもかけっこで一等賞、
塾に通わずともテストで百点、ダイエットせずともスマートでスタイルがいい、など。
どなたでもご存知でしょう? こういうのは。
それが。
どーして、「字の上手い下手」だけ、特別扱いする?
2014.9.20に、ミスコンの話で同じようなことを言いましたが。
人と人が競って上下をつける時には、どんなジャンルでも必ず、「生まれつきの素質」という
要素が絡みます。生まれつき足が速い、力が強い、歌が上手い、容姿に優れる、
そして「手先が器用」=「指先の作業が達者」=「筆を操る技術すなわち字が上手い」。
つまり。
「字の上手い人は、ハナクソほじりながら、ふざけて書いても綺麗に書ける」
「字の下手な人は、歯を食いしばって目を血走らせて真剣に書いても、汚い」
んです。絶対に。オーバーに表現しましたけど、そういう「上下差」は必ずつきます。
仕上がった「作品」は、そうなるんです。
で。
それを読んだ人が、
前者の字を「心を込めて丁寧に書いたな。だから綺麗なんだ」
後者の字を「ハナクソほじりながら書いたな。だから汚いんだ」
と、「誤解」しない保証がどこにあるのか。
「綺麗だけど、これはフザけて書いてる」
「汚いけど、これは丁寧に書いてる」
という「正確な分析」なんて、何を基準にそんなことができるのか。
理屈ではなく感覚で見抜けるぞ、とか力説されても。
その人が、本当に正確に見抜けている保証はどこにもない。
字が上手いというのは指先の技術、いわば「針の穴に糸を通すのが上手い」と全く同質。
そんなもんで人格を語られてたまるか、
手先が不器用な人はそれだけで人格を貶められるのか。
生まれつきの素質の上下で人格を語る。それは、
「ブスは性格が悪いからブス。美女は必ず、心も美しい」なんて言ってるに等しい。
私はそう思います。だから許さない。許せません。
字の上手い下手は、練習すれば向上するぞと言うなら、
容姿だってダイエットやエステがあります。
ダイエットやエステで「ブス→美女」とはならんだろ、と言うなら、
それは字でもスポーツでも受験でも、何だって同じです。
毎日必死に努力して、ようやく「ギリギリ人並」に這い上がった私が言う言葉です、これ。
2014.5.11の「『人並』自慢」をご覧あれ。
そーゆーわけで。
字を見ただけで、それを書いた人の人格だの、書いた時の努力度だのを語るのは、
やめろと言いたい。
的外れな誤解発言の可能性、大なのですから。
もちろん。
「お世辞」や「社交辞令」や「慰め」や「励まし」などの理由で、
「君の書いたこの字は汚いけど、一生懸命に努力して書いたんだね、えらいね」
というのは構いませんよ。それは相手を気遣ってのことであり、
どこにも被害は出ませんから。
でも。
一生懸命走って、それでもかけっこでビリになった子が、
「手抜きして、ラクに走ってただろ。この怠け者め」
なんて理不尽に言われたら……それが、どれほど残酷なことか、
私にはよくわかります。
また。
かけっこの遅い子が、この理不尽を言われることを、
スタート前に想像するのが、どれほどの恐怖であることか。
頑張っても汚い字、ってのはそれと同じことです。だから、
「丁寧に書いたかはわかるぞ」=「手抜きして書いたら見破るぞ(判定の正確さに保証なし)」
なんて、私には言えません。上記の「残酷」「恐怖」そのものですから。
単純に、
「一生懸命に頑張って、できる限り綺麗に書こうね」
とだけ言えばいい。筆跡から何かを読み取るとか、そんな余計なことは言うな、と。
私が言いたいのは、そーゆーことです。
……後味を良くするためのオチ用にと、
同じテーマの柔らかい話、私が怒ってなくて、聞いて笑える話を、
用意してたんですけども。
長くなったので次回にしますね。
このデジログへのコメント
そうそ、いるんですよ。あまり努力しないでも勉強、運動できる人w
私、一度勉強方法まねしてえらい目に合いました(^_^;)
確かに素質の問題は大きいですよね
でも、先生の言いたかった事って相手の評価ではなく
どうせ俺は何をやってもダメだから
と最初から諦めず、勇気を出して頑張ってみて
という事なんじゃないのかな?
> はぎんちょさん
筋トレのオーバーワークが好例ですが、やたらと努力すればいい、
ということはなく。個性にあった努力が必要。
そういう指導をしてくれる、いい先生・上司などに会えれば良いのですが……
> とめおさん
発言者の真意はそうだろうと思いますけどね。でも、どういう解釈が可能な言葉を
自分が言ってるか、をしっかり考えて欲しいのですよ。人を指導するなら特に。
委縮で努力の芽が摘まれたら大変。
> few(休眠中)さん
(遅れてすみませんっ!)
極論を言えば、流行りでしかないんですよね。江戸時代の公文書なんか、どんな達筆でも
読めやしませんし。まあ、その時その時の「正解」ではありますが。
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