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続、年上の派遣社員

2026年04月07日 11:24

今でも良く覚えています。
あの日は、朝から夜まで狂った様にセックスしていました。2回戦は恵子さんが騎乗位で腰を振りまくりお互い絶叫して中にぶちまけ、ひと休みしてからはお風呂で、湯船を泡だらけにしてこれまた騎乗位。途中、立ちバックの時、ついに恵子さんが潮を吹きました。初めての経験だと。私もそのまま立ちバックで中に…。

ベッドに戻り、色々、話をして4回戦目はワンワンスタイルバックで。

最後はチェックアウト前の服を着てから、まるでレイプの様に恵子さんを着衣のままベッドに押し倒して、上半身を裸にして、只々、肉棒欲望のままに突っ込み、全力で腰を振り、「イクゾッ!俺の、俺の精子…俺の俺の女にっ……!」などと言いなが最後まで中に出し切りました。

恵子さんは、帰り際、うっすらと涙を浮かべていたように見えました。

ただ、其れから私達は互いに惹かれ合い、恵子さんの派遣契約が終了するまで、恵子さんのマンションで、月に何度も愛しあいました。

その後、恵子さんは、九州に帰りました。帰り際、色々お話頂きました。

本当はバツ1ではなかったこと。旦那九州のある企業の御曹司で、中々跡取りが出来ないことで、一族から、あからさまではないもののプレッシャーをひしひしと感じていたと。そこで、40歳不妊治療チャレンジも上手くいかず、45歳で離婚を決意し申しでるも同意されず、別居に。その間、若い頃住んでいた、練馬1人暮らしをして、派遣社員をしながら、大学で学んだ金融工学活かして株でそれなりに生活していたと。正直、浮気不倫には全く興味がなかったと。なので最初の派遣先では下心丸見え上司や同僚からの誘いは一切お断りしていたが、2カ所目の当社で、少し気になる男性がいて、それが私だったと。何がと言う訳ではなく、偶に会うと挨拶をするし、エレベーター食堂でも、話かけられて、それでいて、何も感じさせなかったから…と。
まぁ、本人はいつも後ろ姿や胸辺りを眺めていたのですが……

恵子さんが帰って17年後のある日、何処からともなく話が廻ってきました。今の女性人事課長とは当時から親交があったらしく、彼女に連絡が入ったと。

恵子さんのご主人が亡くなったと。歳が10歳離れていたそうです。

女性人事課長はわざわざ私のところにきて、メモを置いていきました。そこには、「恵子さん、福岡県……住所と会社名」が書いて有りました。
女性人事課長は恐らく当時の事を知っていたか、恵子さんから話を聞いていたのでしょう。

後日、私は福岡支社に出張になった際、有給をとり、メモの会社に向かいました。インターネットで事前に調べたら、彼女代表取締役社長になっていました。顔はあの時の様に歳より若く見え、50代中頃のような写真でした。会えるとは考えていませんでした。

会社の前に来て、暫く、ビルを眺めていましたが、やはり立場が違うかなと思い直し、駅に向かい歩きはじめました。そんな時、「!…!?」と誰かが何かを叫ん出るような気がしました。「気のせいか…」歩きはじめる私。「清原さん!!」今度はハッキリと聞こえました。振り向くと、ビルのエントランスに1人の女性かいます。懐かしい出で立ち。ネットでみたままの若々しい「恵子さん」でした。

その日はレストランで食事をしました。恵子さんは元々、その日は予定があったのですが、急遽、キャンセルし、私との一夜を選びました。

レストランでは、あれからのお話を伺いました。戻ってからはご主人の会社で、得意の金融工学を活かして、資産運用部を立ち上げ、経営の一助を担い、更にはコンサルタント部門を立ち上げ、会社はさらなる成長を遂げたが、ご主人が亡くなり、自分が跡を継いだと。ご主人が亡くなったのは3年前だったそうです。女性人事課長の話は最近だったような話ぶりでしたが違っていました。

懐かしく楽しい時はあっと言う間に過ぎ、私は宿泊先のホテルに帰えろうとしましたが、恵子さんが私の手を取り、腕を組んで来ました。私はあの時の記憶が一気に甦り、あらためて違うホテルを取り直し、恵子さんと一夜を共にしました。

私は、あの時のように何度も恵子さんの中で果て、恵子さんも何度も応えてくれました。

翌朝、空港まで見送るという恵子さんでしたが、
寄って欲しい場所があると。タクシーで向かい、とある喫茶店コーヒーを飲んでいたら、1人の高校生くらいの男子生徒が、ある寮のようなところから出てきて歩いて行きました。私はひと目みて胸騒ぎがしました。

まことていうの。あの子」。「………」「真実の真に誠とかいてまことて読むの。主人が誠ていったんだけど私か真をつけてってお願いしたの。私……達の……」「…え……」「似てるでしょ。良く母親似かな…て言われるけど、私は父親似だとおもってる」「………」「とっても頑張り屋さんで、医学部を目指してるの」と。そして店を出て、空港へ。タクシーの中では何も話せませんでしたが、空港で少し話てくれました。九州に帰って暫くして、妊娠が分かった。ご主人に話たら、凄く喜んでくれた。(下世話な話、帰郷する前にご主人が東京に来た際、関係したと)でも多分その時は既に……。全てを承知して、何も言わなかったと。子供を凄く愛して大事にしてくれた。感謝しかないと。そして、

「もう二度と、主人以外に抱かれる事はないと思っていたの。でも、貴男を見たあの時、私の中で何かがはじけて、愛情というか、何かが……、血の繋がりのような……」と。

私は黙っていました。

飛行機福岡空港を飛び立ちました。全て真実の思い出です。あれから更に10年が過ぎました。

恵子さんの会社は社長が代り、恵子さんは会長になっていました。

私は57歳、恵子さんは…まぁ良いでしょ。

いつか、また、出会いがあるかもしれません。

その時は……和菓子お茶ですね。

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