- 名前
- 吟遊詩人
- 性別
- ♂
- 年齢
- 71歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 貴方が厳しい社会や東京に振り回され、耐え難い寂しさや孤独感、性欲に苛まれた時、また出...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
SEXと幸せと愛というものについて。
2010年11月14日 20:25
幸せと愛というものについて、話したい。
幸せとはどんなものか、その考えかたは人それぞれに千差万別あるのだろう。
また幸せを感じることも、人それぞれの分だけ沢山あるだろう。
幸せとはそういったものだが、しかしそうとは言っても、「幸せ」は世界中の人が求めていることだし、過去に生きていた人々も求めていたはずだし、未来の人々も求めるものだろう。
だから、そういった全ての人が求めている「幸せ」の姿と、考え方と、感じ方もあるはずなのだ。
だから、私たちはこの客観的な「幸せ」の姿と、各自が考え感じる主観的な「幸せ」の姿をつき合わせて、幸せというものを見たり考えないと、その実像を掴んだり、手に入れることはできないのではないだろうか。
愛も必要不可欠な幸せの要素だ。親子愛、家族愛、友情の愛、人類愛、男女の愛、沢山の愛の種類がある。
セックスも「性愛」と言う言葉もあるぐらい、必要不可欠な幸せの要素だ。。
命も死についても愛や幸せに関わることだといえる。
実際に「死ぬほどの幸せ」ということもあるのだから、また新しい命である赤ちゃんが生まれると、感動を伴った愛と、また涙を伴った「幸せ」ということもあるのだか、命と死についても幸せに関わる要素なのだろう。
金も、名誉や名声欲も、食欲も、そのほか欲望の全ての種類が満たされることが、幸せにとって必要不可欠なのだ。
私たちは、そういった客観的な幸せの姿と、実像を見たときがないために、幸せを見落してもいるのだろう。
だから私たちに欠乏しているのは、客観的な幸せの姿と実像なのではないだろうか。
全ての人が愛と幸せを求めているはずだが、それを手に入れてる人は少ないのではないだろうか。
私たちの青い鳥はどこにいるのだろう。
少し難しい言葉となりるが、全ての人が求めている愛や幸せなどを全部一つにまとめた言葉が、「真理」というものだ。
私たちが愛と幸せを求め、悩んだり苦しんでいるのは、そのような真理の方向に向かって進んでいることを意味してるのだ。
全ての人が愛と幸せと真理を求め苦悩しているから、キリストも仏陀も、マホメッドも、また多くの哲人や賢人たちも、
その愛と幸せと真理を探究して、その教えを伝えているのだ。
私たちの誰彼各自勝手に幸せを言い、感じていることが、幸せや愛なのではないだろう。
男女のSEXは、それを性愛と言うように、幸せと愛にとって根本的な意味をもつものだ。
愛と幸せに悩み苦しんでいるモノ(女)は私が上に話したような心の問題と、身体の喜びを、私が教えてあげよう。人と社会を教えてあげよう。
男女の性愛の歓喜は、瑣末なテクニックの問題などではなくて、その二つを学び獲得しないと体感できないんものなだ。
このウラログへのコメント
コメントを書く