- 名前
- 杢兵衛
- 性別
- ♂
- 年齢
- 48歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 悠々自適、風雅な隠居生活
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連休
2015年09月20日 13:44
彼は息をついで更につゞけた。「僕達は日本民族だから日本民族の生存と栄えを主張し努力する。同じように僕達は第四階級であるからして、第四階級の生存と栄えを主張し努力する。僕のこの主張は一見極めて野蛮で、非文明的で、主我的のやうに見えるが、現代には之が正義でそして真理なんである。それは僕達が第四階級であると云ふこと自身が自己主張を真理ならしめてゐるのだ。僕達がアングロサキソンであつたりチユウトンであつたり印度人であつたり、ホツテントツト人であつたり千万長者であつたり大工場主であつたならそれは真理ではない。何故なら、それは必ず理知より来る虚偽であるからだ。そして、今日の国際聯盟は世界的大強盗の相談だよ。そんなに早く永久平和が来てたまるかい。君の云ふやうな(地上を通じての階級戦、そしてその勝利、平和)といふことは同時に国家民族の消滅と地上渾一の実現を意味するぢやないか、二十世紀といふ現代に於いて国内に於ては社会主義の実行、国外に於ては諸民族との競争、何よりそれが今日の第一の必要だ。そしてそれは必ず実行されるに違ひないのだ。僕はさうしたら、先づ今日
階級の し、今日民衆の膏血によつて紅白粉で嬌態をつくつてゐる令嬢と称し夫人と称する
つけて、人類創草以来の祖先達の遺恨を晴らしてやらなくては承知しないのだ。ほんとに僕は、苦しい時、虐げられるとき、どうにもこうにもならない時、僕はさうした勝利の日を想像して僅かに自分の
制抑してをる。一切の屈辱一切の苦痛は僕をして、さうした日の復讐をいつそう合理的だと云ふ信念を堅めるに過ぎない。今日絹をきて、ぜい沢な食事をとつてゐる紳士といふ
にして令嬢と夫人をことごとく赤い腰巻銀座街頭に行列を作らせなくては僕は承知出来ないものだ。そして同じように僕は地球全部にはびこる白人種を
にはゐられないのだ。」
丘は深い溜息をもらしたが、北は悲しい気持になつてゐた。あゝ悩める勇士よ、苦しまぎれの絶叫よ。それには深い真理がある。しかし自分は、深淵にもがく人間ではなく、丘ではない。丘の言葉をもつて云へば「それ以上の」「宗教」に住するものである。深淵に下り立つて来た人間である。北は涙含んで、はじめとはまるで別な気持で丘をみつめた。虐げられ、圧しつぶされた魂神、生きようとする意思の絶叫、北はしばらくして云つた。「丘君、御両親はお達者ですか。」「え、両親は達者です。――しかし父が鉱山に失敗してからはずうつと僕の細腕の厄介者ですよ。」「御兄弟は?」「妹が二人ゐます。」「ほう、それは、僕……うらやましい。」「さあー」と丘は苦笑したけれど、彼はこの瞬間実際うらやましい気がした。両親共に健かに生きてゐて、とにかく大学教育を受け今では自分の一家を支へてゐる、家には若くて、しとやかでまめまめしい妹達が二人までゐる、ほんとうにいゝ平和で、暖かで、つゝましやかな家庭でないだらうか、そうした家庭に、若い主人として、兄として、よき子として、喜びを与へ幸福を享けて生きてゆけるなら少し位の苦痛は忍んでもいゝやうにさへ彼には思へた。少くとも彼自身などよりもずつと順調な前生涯をおくつて来た丘を彼はじいつと見つめて黙つて腕を拱ぬいてゐた。「すべて現実は想像するやうに甘く美しい者ではない。大きな圧制力が僕の家庭の幸福も歓喜もしぼり出し僕の人間の人間らしさをもしぼりとるのだ。とかく大破壊をしなくてはいけない。根本的に大破壊をしなくてはいけないのだ。よく人は大いなる行動の前には大いなる準備をしなくてはいけないと云ふが、その言葉は真理でもその適用が誤つてゐる場合が多い。大なる破壊的行動は個人の小さい行動でなく全民衆の時代的行動です。ですから其準備も時代的です。明治五十年は最もよき準備時代だつたではないか。現代はもはやその行動の時代でなくてはならない。全国民にはもはやその下地が出来上つてゐるにもかゝはらず一人の先覚者なく、一人の献身的努力者がないのではないか。偉大なるロシヤ人
の攻撃者はあつても実際、一人の
さへゐない日本かと思へば情けないではないか。こういふ悲痛をかみしめてゐる僕なればこそ、君などに対してもはがゆくてならないのだ。何故もつと端的で
的であつてくれないのかと云ふ憾みがたえずあるのだ。愛すべき青年、ユダヤの耶蘇も云つてゐる、今日のことを今日なせ、明日のことは明日でよいのだ。もつと
的、 的、もつと 的自覚と国家的自覚の執拗さがあつてくれなくてはならないと僕は考へるのだ。生じつかな人道と博愛ほど人類を毒するものはない。」
正午の空が晴れ渡つてゐた。果樹園では重り合つた深い緑色の枝葉の蔭に緑金色の蜜柑が閃めいてゐた。「第一、同情すべき理由がどこにあるか!
ダーウインの進化論以後に於て、更にマルクスの資本論乃至唯物史観以後に於て、彼奴等支配階級に対して同情を感ずると云ふことは、コペルニクス以後に太陽が地球の周囲を廻ると考へるよりももつとひどい誤謬でありこつけいであると僕は思ふのだ。殊に、――それは、そうした同情や涙を感じてゐるらしい人間が特に君である場合に、捨てゝ置けない。君が上流の子弟であるか、もしくは中流の子弟であるなら、彼等に同情を感じてゐることも無理ではないし、僕だつてふうん、と鼻先であしらつてをけばそれでよいことなんではあるけれども、君が特に第四階級の出身であり、経歴から云へばあくまで自分一人の力をもつてこの資本主義的勢力の横溢してゐる現代社会をどうにか自分を屈服させずに、男らしく、生きて来た人間でもあり、然かも若いぴちぴちした青年であるのだし、ほんとに、僕ははじめて君にX氏の処であひ、改めて君の豪いことを和蘭製のコーヒー茶碗に知つて、奇蹟を目のあたり見たやうに感じたのだ。然るに君は、君までが鼻もちのならぬ流行性の人道主義に感染してか涙を底にたゝえてゐるやうなことを言つてゐるらしいのを認識せずにはゐられないことは非常に心細いことなんだ。君までが、やつぱりお定まりの
かいと思ふとたまらない気がするのです。非常に心細くて寂しい。もつと白熱的な復讐と憎悪に燃えきり、地球全体の では承知しないほどの
的観念に燃えてゐなくてはほんとうでないのぢやないか。君は、君は、ほんとに、ほんとに彼等に同情しますか?」「――」「同情しますか。それとも憎みますか。」「憎めませぬ――可哀想です。」「それは不徹底だ!
でなければニセ聖者ぶりだ。」「でも、人類と云ふ生物全体が、同情すべき生物ではないのかしら。」「しかし、そんな稀薄な同情はうそです、そして危険だ!
ほんものぢやない。捨てゝしまへ! その感情を捨てゝしまへ!
内より燃ゆる憎悪の熱火で焼き尽してしまへ!」「僕は憎むよりか憐はれむ感情が強い。」と北は覚えず微笑した。「それがいけないのだ!
僕等は彼等を憐むやうな地位に、現在立つてゐると考へるのかい。憐むべきは僕等なんだ。彼等は今憎まれるのが正当なのだ。生じつか今、彼等を憐れみなどするから、だからいつまでたつても僕等の頭が上らないのだ。彼等は強者で支配者で、僕等は弱者で被征服者だ。」「僕等は弱者かもしれぬが僕は弱者ではないぞ!
したがつて僕は憎むよりも憐はれむでやるのだ。ほんとうの勝利者は常に涙をたゝえてゐるものだよ。僕はむしろ憐はれむ。――君の感情は一時の波だ。しかし僕の感情は波の底を流るゝ永遠の潮流だ。」「それが今、何の役に立つのです。」
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