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【お題日記】あなたの座右の銘は何ですか?

2013年03月05日 07:26

【お題日記】あなたの座右の銘は何ですか?

座右の銘ではないが、好きなフレーズが三つある。一つは、『地獄への路は善意で敷き詰められている』。もう一つは、『才能があるかどうかわかるには手続きが要る』。最後の一つは、『わかっていることよりわかっていないということを知ることが重要なのです』。

 『地獄への路は善意で敷き詰められている』は、ドイツの諺らしいというのを最近知った。もともとは、レーニンの著作で知った。ウラジミール・イリイチ・レーニンは、ペンネームで、本名は、ウラジミール・イリイチ・ウリヤーノフだ。イリイチの母親ドイツ系だったから、ドイツの文化を母親から吸収したのかもしれない。少なくとも、ドイツ語の文献は読めたはずだ。
 
 ロシア革命政治権力皇帝から奪取した、イリイチが率いるボルシェビキの会議で、会議の中心人物でありながら、こっそりポーランド語を勉強していたエピソードをもつイリイチが好きだ。表向きは君子の顔を装い、裏では権力とカネをめぐって策略と陰謀と個人テロを画策する、ほぼすべてと言い切っていい左翼とは違う率直さが好きだ。この人は、政治権力の頂点にいながら、テロが必要だ、とはっきり表明している。暗殺されかけたことが何度もある、イリイチならではの率直さを示す、大胆な発言だ。こんな政治権力者を私は知らない。

 人類の解放を目指し、多くの人々の流した血の上に築かれた国家が、人類史上希な、大衆の抹殺と強制収容所化をシステム化した国家へ変貌をとげたのはなぜか?このアイロニーの極限!その著作で述べたイリイチにこそ投げ返されるべきではないのか?『地獄への路は善意で敷き詰められている』と。

 さらには、人類史そのものが無数の善意のせめぎ合いだとすれば、『地獄への路は善意で敷き詰められている』とは、私たち一人一人に突き付けられているとも言える。私、そして、あなたの善意地獄へ導く悪意なのではないのか?と。

 二つ目の『才能があるかどうかわかるには手続きが要る』は、吉本隆明講演会の質疑応答での質疑への応答だ。学生が、「自分たちは知識人だと言うけれど、自分にはそんな才能はないと思う」と問うた応えがこのフレーズだ。

 手続きとは、努力と時間が必要だ。という意味だ。つまり、『才能があるかどうかわかるには努力と時間をかけなければわからない』ということだ。自分自身に即して言えば、語学才能はない。フランス文学科に在籍していた。その当時は全く勉強してなかったが、社会人になってからはじめからやり直したが、途中で放り出した。でも諦めきれず、何度もやり直しては途中で放り出す。その繰り返しだ。才能がないと思っているが、努力が足りないのかもしれない。Albert Camus,L'ÉTRANGERを原文でまた読みたい。透明な美しい文章だと思う

 『才能があるかどうかわかるには手続きが要る』。確かにそうなのだ。才能があるかどうか確かめるために、人は生涯をかける。生涯をかけたが才能がなかった。だとしても、一生という長い時間をかけ努力を重ねれば相応の水準は獲得できる。それが、他人にはつまらない、才能と呼ぶに値しない能力としてもだ。誰について語っているのか?私自身の文学と思想表現について語っているのだ。

 最後の一つ『わかっていることよりわかっていないということを知ることが重要なのです』。これは、元大阪大学総長鷲田清一フレーズだ。ミシェルフーコーも同じことを言っている。「臨床医学の誕生」の序で「人間の思考のなかで重要なのは、彼らが考えたことよりも、むしろ考えなかったことの方である。」と述べているが、ここは臨床医学の歴史的コンテクストに沿って理解すべきかもしれない。

 鷲田の専攻は臨床哲学だそうだ。NHK大阪ホールで「再生医療講演会」の基調講演を聴いたことがある。体の痛みは人間を「今」、そして「ここ」だけにとどめてしまう。痛みによって、今だけ、数メートルの世界だけしか考えることしかできなくなる。痛みは非人間的だ。一部に過ぎないがこの部分はよくおぼえている。時間性の縦軸と空間性の横軸に痛みを抽象化し、痛みの哲学倫理学を展開する。その一部に触れた気がする。

 『わかっていることよりわかっていないということを知ることが重要なのです』。わかっているつもりでわかってないことなど無数にある。その度に、ああ自分はわかってなかったんだと、そこで初めて自覚する。ここまではわかっているから、踏み込んで言えるが、わかっていることとわかっていないことの境界線が視えてないから、ついつい一歩踏み込んでしまいがちになる。「わかっていないということを知る」のは、本当にとてもとても難しいと思う。

註:写真は昨年11月に行われた地域の夜間イベント。地域一帯の路上にロウソクを灯した行灯が置かれ、日常の光景と違う幻想的な世界が演出されていた。

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