- 名前
- tarashi
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- 外見はまじめ。60歳代だけど禿げてませんよ。小柄だけど、体力あります。性格はのんびり...
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8 1/2(はっかにぶんのいち)
2008年07月17日 10:54
渋谷イメージフォーラムで夕方、「ニュープリント版 8 1/2」を見てきました。
これ、はっかにぶんのいちと読みます。帯分数の古い読み方で、この映画の上映時の帯分数の読み方がこうだったようです。
フェデリコ・フェリーニとエンニオ・フライアーノの原案(「甘い生活」)。監督はフェデリコ・フェリーニ。音楽は「道」のニーノ・ロータです。出演者はイタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニ、(BBがブリジット・バルドーなら、CCといわれる)クラウディア・カルディナーレでした。マストロヤンニ演じる監督グイドの妻ルイザ役は「太陽は傷だらけ」のアヌーク・エーメ。
さて、43歳の人気映画監督グイド(M・マストロヤンニ)は湯治場にやってきましてた。湯治場に来たグイドは、わざわざ愛人のカルラを呼び寄せるのです。一方、監督のグイドのもとには映画出演目当ての多数の女性が寄ってきます。
さらに、グイドはどういうわけか妻のルイザ(アヌーク・エーメ)まで呼び寄せるのです。
そうでありながら、妻との関係は冷え切っていて、ルイザもそろそろ結論を出そうと考えているのですが、グイドはというと、別れるよりも、他の女性とともに手元に置いておきたいようです。
さらにグイドが思うのはクラウディア(クラウディア・カルデナーレ)です。
一方、グイドの妄想はあちこちに飛び、死んだはずの両親とあったり、少年の頃の思い出にさかのぼります。
カトリック教育を受けながら幼いグイドは海辺の土管のようなところに住む巨大な女性に興味を抱き、一緒に踊るのですが、もちろん、教師(=聖職者)から罰せられたのです。
映画の撮影は全く進まず、プロデューサーが宇宙船のようなセットに報道陣を呼び寄せたセレモニーでも、グイドは発言できず、テーブルの下にもぐってしまうのです(この映画では、グイドの現実も・妄想も、すべてが虚構なので、こういったシーンも虚構であると考えた方がいいでしょう)。
彼の妄想の中でも、ハーレムを築いたはずが反乱がおきるのですが、なんとか鎮めることができました。
映画のセットも撤去されている風景となり、彼は自分の人生を悟るのです。幸福とは何かを悟るのです。そして、本当の意味の大団円です。祝祭の風景があらわれ、鼓笛隊が現れ、撤去途中のセットから、登場人物がすべて会話をしながら降りてきます。
虚構としての映画をこれだけ楽しく見せてくれる映画もないでしょう。導入部は、その虚構性のゆえになかなか入り込めないのですが、中盤から最後までは一気です。
「そして船は行く」の中では、船の中のセットは立派なのに、船が浮かぶ海が、本当にそまつな模型となっていて、虚構性を強く出していますが、この映画では、はじめから最後までその虚構性と軽やかに踊っているフェリーニの姿が見えます。
このデジログへのコメント
フェリー二好きながら未見なのです。せっかくならスクリーンで観るべきかしら
ユウさん
うーん、これはスクリーンの方がいいかも。DVDでは寝てしまう危険大です。
コメありがとうございます。最近古い映画を上映してくれる所がなくなって残念。観たいなぁ
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