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《陽炎》5-1

2018年02月10日 19:15

《陽炎》5-1

その女性は、突然僕の前に現れた…




僕は仕事に疲れ
都会の喧騒に疲れ
人付き合いに疲れ

愛の無い夫婦生活に疲れ…


そして

すべてを棄てた…



一人になって…
何もかもをリセットするつもりで…

ひと時の癒やしを求めて、一人旅にでた…

仕事カバンも、ノートパソコンも…、携帯すらも持たず

ただ、忘れたくて
ただ、自分を見つめたくて…

何不自由ない生活は
自分の我慢で成り立っていたから…


海を眺めながら
広い心を取り戻したい

そう思って選んだ場所…

ちょっと海から離れただけで、寂れてしまった旅館…

外観は古くなっているが、海を眺めながらの露天風呂の眺望は、埋もれさせてしまうにはもったいないような…

だが、跡継ぎもいない老夫婦の経営ではやむなしと言うべきか…

入り口で受け付けをしている間も、年老いた旅館の主人がホテル開発の話しを受けているのを小耳にはさんだ…

こういう再開発で…
風情というものが無くなっていくのも、仕方ない事なのだろうか…


僕は部屋に案内されてとりあえず荷物をおろした

胸ポケットからたばこを取り出しながら窓辺にいき、外を眺める

くわえたたばこにジッポで火をつけながらロッキングチェアーに腰を下ろし、木々の間から見える海岸線を眺めながら、冷蔵庫から出してきたビールを“パシュッ”と開け、ひとくち喉に流し込む

海岸沿いのバス停からこの旅館まで、結構歩いたせいか…
それとも、心が渇いていたせいか…

たったひとくちのビールが、体中に染み渡るような…そんな気がした…

窓辺から聞こえる波の音は、遠く、微かに、僕の耳に届くか届かないかぐらいで、この部屋の中で海を感じるのは難しかった…

僕はビールを飲み干して、とりあえずここの昼間の露天風呂からの眺めを楽しむ事にした


だいぶ昔、何かのガイドブックにこの旅館が載っていて、いつか来ようと思ってメモしていたものが見つかった…
ただそれだけの理由で選んだ旅館…

数年の歳月で寂れてしまったようだが、それでも露天風呂の眺めが変わっていないのならそれでいいと予約したが…はたしてどうか…

そんな杞憂はたちまち吹き飛んだ

絶景とまではいかないまでも、露天風呂のドアを開けた途端に正面に見える海…
左右には青々とした木々目を休める…

そんな居心地の良さにひたりながら、ゆっくりと体を伸ばし、一人温泉につかっていた

初夏の木洩れ日が、温泉を煌めかせ、木々の間から暑さを感じさせない爽やかな風が、温泉から半身をだした体に心地良い…

そんな心地良さに浸っていると

突然、ガラガラ脱衣所の扉の開く音がした

貸し切りもここまでか…と、残念に思いながら音のする方へと目を向ける


「あら?先客がいらしたのね…」



艶やかな女性の声?

“ここって混浴だったのか!?”

これは心の叫び…

思わず、振り向きかけた顔を背けてしまったが、その女性はまるで意に介さず、軽く体を流すと、タオルを巻かず前だけを隠す状態で僕の前に入ってきてにっこり微笑んだ

じっと見つめるわけにはいかなかったが
“素敵な笑顔だ…”
と、僕は思った


40代前半くらいだろうか?私より少し若いだろう…

真っ白な肌に、艶やかな色気がほのかに漂い
肉感的なスタイルに、タオルの下の胸元も程よい膨らみをしている


僕の鼓動は少年のように高鳴っていたが、このままでいると先にのぼせるのは自分であるのは明らかだったので、意を決して上がりかけようとした

「あら?もうあがってしまうの?よろしかったらお背中をお流ししようかと思いましたのに…」


彼女は悪戯な笑みで僕を誘う


妖艶…?とわ違う…

小悪魔?…そんな感じもない…


むしろ普通すぎるくらい普通の女性なのに…

彼女も、僕と同じ…何かを忘れたいのか…
それとも…何かを求めているのか…


「ごめん…
今は…そんな気持ちになれないんだ…」

僕の気持ちの中では、やんわりと断ったつもり…
にしても、言葉たらずなのはわかってる…


「そうなの?…残念だわ…
では、お散歩でもご一緒しません?」
彼女はそう言ってまだ入ったばかりの温泉からあがってきた

今度はタオルで隠していない…
生まれたままの姿を、僕の目に晒している…

オープンなのか…
誘っているのか…

どちらにしても、僕の目は彼女裸体に向けられている時点で、僕の中の血流は下半身へと集約されていきそうになる…


僕はそれを気付かせまいと後ろを向いて
「散歩なら…」
と呟いて脱衣所へ向かった

彼女も僕を追いかけるようにして脱衣所に入ってくる


僕は体を拭いている間中、彼女の視線を感じていた

「素敵な体…してるのね…」

彼女のひとことには答えない…
確かに無駄な肉はついていないが、運動をしているわけではないし、決して自慢できる体ではない

むしろ彼女の均整のとれたプロポーションこそ褒めるに価するだろう

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