ウチュウジン　～２～

金曜日の夕方、

と言っても、もう７時を回っていたけれど、

私は駅の東口で待っていた。



駅は通勤客やカップルや家族連れでごった返していた。

金曜日の夜ということもあり、

一週間の疲れをにじませている中年のサラリーマンと、

一週間の仕事から解放された喜びで

嬉々としている若いサラリーマンと、

一週間の勉強から解放された大学生らしき集団とが、

多く行き来している。

ひっきりなしに行きかう人々を見ていると、

なんだか濁流に溺れている感覚がしてしまう。

だから、私は文庫本を読みながら、

時折ちらちらとあたりに目をやり、

トオルが来ないか見た。




１０分ほどたった頃、

人の流れの中にトオルの姿を見つけた。

彼はいつもの通り、

ゆったりした空気を帯びて、

彼の速度を保って私に近づいてきた。




「久しぶり」

彼は手を少しあげてあいさつした。

「久しぶり」

私もそれに応える。

「髪伸びた？」

と聞かれて、

「まぁ、４ヶ月も経てばね」

と答えた。

そう答えて、

そうか、もう４ヶ月会ってなかったんだ、

と思った。





歩いて５分ほどの所にあるアイリッシュパブに行くことにし、

人の波の中、通りを歩いた。

のんびりと歩く彼は、

足早に歩く人の流れの中だと、

川に突き出た岩のように見える。

トオルと私を何人もの人が追い抜いていった。

いつもは、人のスピードにいつの間にか流されていく私も、

彼に合わせていつもよりゆっくり歩いた。

小柄な私にとっては、

ちょうどの速さだ。



歩き始めると、彼が口を開いた。

「ごめんね、こんなに遅くなる予定じゃなかったんだけど」

「ううん、ちょうど本屋さんで探したい本があったから」

「そうなんだ。買ったの？」

「いや、読みたかったとこだけ読んで、棚に戻した」

「あはは、俺もそれよくやるなぁ」

「私ね、本屋さんにいると、たまにこんな想像をしちゃうの。

周りの本棚がどんどん伸びてって、

中に納まってる本がどんどん分厚くなってって、

私は反対にどんどん小さくて薄っぺらい人間になってって、

ついには棒人間になっちゃって、

そうなると周りの本がバラバラーと降ってきて、

私はぺちゃんこになっちゃうの。

それで、気付いたら、

本のページの中に張り付けられた

棒人間の落書きみたいな絵になっちゃってるの。」

「悲惨な想像だね」

「悲惨な想像でしょ。まだ続きがあるの」

「どんな？」

「そんな想像をふとしてしまった夜はね、

決まってまどろみに落ちるときに

そういう夢を見るの。

自分の存在がどんどん小さくなってくの。

どんどんどんどんどんどんどんどん。

それで、ぺたんこの棒人間になって、

本に挟まれちゃうの。

それで息苦しくなって、目が覚めるのよ。」

「悲惨な夢だねぇ」

「そうなのよ」

「どうせ棒人間になっちゃうんだったら、

本の中を自由に歩きまわれるくらいの能力が付随してる

棒人間になっちゃえばいいのに」

「夢をコントロールできればね」

「夢をコントロールか。

訓練したらできるって、何かの本に書いてあったなぁ」

「でもね、夢なんてコントロールできちゃったら

面白くなくない？

怖い夢もあるのがいいのよ。

現実が幸せに感じられるから」

「いいこと言うねぇ」

彼が少し大きな口でニッと笑った。




アイリッシュパブの扉を開けると、

タバコの煙が鼻をついた。

それと同時に軽快で少しボリュームが大きな音楽と

お客の話し声が

耳を取り巻く。

金曜日の夜らしく、

とてもにぎわっていた。

カウンターには、

外国人と日本人が入り混じって座って、

ギネスビールやカクテルを片手に、

談笑していた。

ここでは、日本語の他に英語とかドイツ語らしき言葉とか、

何語か分からない言葉とかが飛び交う。

私たち外国語学部出身の者にとっては、

少し心がワクワクする空間なので、

トオルとはよくここにくる。




私はカルーアミルクとマッシュドポテトパイを、

トオルはギネスビールとチキンマッシュドポテトパイを、

それぞれ頼んで、

カウンターの端の空いている席に座った。