- 名前
- SugarGlider
- 性別
- ♂
- 年齢
- 56歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 友達からはじめられる方 ※業者、ポインター、サクラは無用です。 ウラのお付き合いも求...
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
普段なかなか言えないネガティブなこと
2016年07月15日 15:25
【人間は感じる肉の塊】
であり
【自分が居る。。。というのは欺瞞に満ちた選択する為の言い訳】
という事を最近考えてる。
以前は
「人は総ての事柄を自分の都合の良い解釈しかしない。」
それは
「個人個人の自尊心に基づく物」
だと思ってた。
そもそもその『自尊心』や『プライド』は何との『差』で発生し満たされるのか?
を見過ごしていたんだよね。
「他人から良く思われたい。」
「他人より優れた人間だと思う。」
男なら「アイツよりオレの方が女性からモテる要素をたくさん持ち合わせている。」
というのは
「個人的価値観」と「推測」と「願望」という【幻想】という個人的思考の領域に突入してしまったんだな。
あまり良い傾向ではないんだけどねぇ。
辿り着いてしまったのは仕方ない(笑)
【死】というのは【感じる肉の塊】から単なる『肉の塊』になるだけ。
その瞬間迄は
「人間は生というのを実感しないで過ごしてる」
ような気がする。
自分もそうだしね。
今日はとてもお疲れモードなので夕飯食べてお風呂に入りゆったり気分でベッドに入っても
【明日の朝起きられる】
というのが当たり前。。。
これが【生】についての「実感の無さ」の根源だとも思う。
悪くはないんだけどね。
生と死
は
【感じる】か、【感じられなくなる】かの『差』だけなんだから。
何とか「明日の朝」を迎えられたら
『眠気』か『爽快感』を感じられる。。。
っていう繰り返しなんだよねぇ。
というネガティブな思考をする事がある。
もし明日の朝【死】が訪れなければ
そんなネガティブな事考えずに済む『テニス』をやってるんだろうし。
これに関しては【楽しさ】というのは過ぎ去らないと『楽しさ』を実感出来ない感情というのもあるしねぇ。
黄色いボール追って、打ってる時は【楽しい】というのは微塵も思ってないからね。
【楽しみ】がある事が【生】への標なのかも。
だから【好奇心】と【興味】とそれに対しての【行動】は大事にしたいもんだ。
このデジログへのコメント
> 菜帆さん
矛盾するかもしれませんが
人間は【死】を考えるより『生』を考える時の方がよりネガティブになるんだと思います。
そもそも考えなくても良い領域の話題なんですけどね(笑)
コメントを書く