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Citta del fiore~花の都 フィレンツェ
2007年03月07日 05:05
『フィレンツェは稀な清潔さである
まるで美しいミニチュアのようだ
旅人は 自分が16世紀にいるかと錯覚するだろう
歴史的建造物が まるで一枚のタブローのように配置された街』
19世紀フランス人 イタリア狂でも有名だった文豪スタンダールはこう記しているそうです
中世が終わりを告げようとしたその時代 数多くの天才がこの街で 互いの腕を競い合いました
そうして訪れた新たな芸術の波=ルネサンス(ルネサンスという言葉はフランス語 イタリア語ではrinascimentoリナシメント)
やがて全ヨーロッパをのみこんでいくことになります
アタクシはどちらかといえば前回のログで書いたローマのが街としては好きなんですワ
ローマは街全体が“博物館”だとするとフィレンツェは街全体が“美術館”
どこを撮っても“絵”になってしまう
美しいものだけを永遠に残そうとする街
何度行っても溜息が出てしまうほど素晴しい街だけれど どこを見ても 振り向いても 彫刻や芸術的建造物で肩がこる(笑)
ローマ帝国時代から現代までのありとあらゆるモノが旨く共存して ちょっとノイジーな感じのローマのがアタクシは居心地がヨイと感じます
が フィレンツェはフィレンツェで大好きだったりもするので ズラズラと書いてみたいと思います
紀元前1世紀
古代ローマの植民地としてはじまったフィレンツェ
その名は花の神“フローラ”に由来するといわれています
“黄金時代”と呼ばれる15世紀
人々は数多くの“輝ける才能の持ち主”により芸術が一つの頂点に達しつつあるのを感じていました
何故ここにその才能が集まったか??
フィレンツェの実質的な支配者として君臨し 後にトスカーナ大公国の君主となったメディチ家が多くの芸術家のパトロンとなったからです
メディチ家独裁の基礎を築いたコジモ・デ・メディチ
彼は多くの芸術家を保護し フィレンツェを「芸術の都」とすることに情熱を注ぎました
コジモは若い頃 ボーっとして頼りない感じの少年だったそうです
でも 実権を握ってからは生涯フィレンツェの人々から 『トスカーナの父』と呼ばれ 愛されてきました
フィレンツェに誕生したルネサンスは コジモの孫で後に豪華王と呼ばれるロレンツォ・デ・メディチの時代に最高潮に達します
ちなみに!!
「ハンニバル」(2000年アメリカ映画)でアンソニー・ホプキンス演じるレクター博士を追うパッツィ刑事
彼の先祖はメディチ家のライバルであったパッツィ家
パッツィ家は豪華王ロレンツォの暗殺を世界最大級の大聖堂 フィレンツェ花の聖母教会で実行するんです
が ロレンツォは辛うじて逃れ 弟のジュリアーノを刺殺
これを発端にパッツィ家は100人近くが捕えられ死刑になりました
そして「ハンニバル」のパッツィ刑事が吊るされたヴェッキオ宮殿
500年以上前 パッツィ家の当主もここから吊るされていたんですネ。。。
つーかこのくだり レクター博士創り込みすぎだよぉ。。。と興醒めしていたアタクシ。。。
「ハンニバル」フィレンツェの映像はとてもヨイけれどえーがとしては「羊たちの沈黙」(1990年アメリカ映画)のが断然好きです!!
大体 「羊たちの沈黙」でペン1本で人を殺したレクター博士が「ハンニバル」ではメスを常に持ち歩いているなんて 「羊たちの沈黙」のレクター博士からは有り得ないでしょー!!
レクター博士が使用しているアーモンドペイストのハンドクリーム
フィレンツェにある世界最古の薬局 サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のものです
アタクシは今回レモンハンドクリーム買ってきました
ロレンツォ豪華王の孫娘 カテリーナ・デ・メディチもこの薬局を愛した一人です
彼女が後のフランス王 アンリ二世と結婚した際 彼女の為に『王妃の水』なる香水が考案され フランスに伝えられたそうです
『王妃の水』は年月を得て18世紀にドイツのケルンで旅商人によって『オ・デ・コロン』と名を変えて再製造されています
カテリーナは香水だけじゃなく フォークやアイスクリームもフランスに伝えたんですよ!
フランス料理はカテリーナが伝えたトスカーナ料理が基礎となっているそうです
この薬局 調度品や雰囲気が実に素晴しい!!
美術館のようなんですワ!
日本語の商品リストや解説もあります
お買い物しなくてもフィレンツェの歴史に触れられる場所の一つなのでフィレンツェに行かれた際は寄られる事をおススメします
ついでに書くと 日本にも銀座と青山に支店あったりします。。。
カテリーナ・デ・メディチといえばアタクシの中ではフランスを影で操った王妃
そしてオカルトマニアとしての顔が 興味をひくところ
アンリ二世は 馬上槍試合で不運にも命を落としてしまうんです
(馬上槍試合は「ロック・ユー」(2001年アメリカ映画)を観ればどんな競技か一目瞭然!おススメ!)
その後幼い息子達が王となり カテリーナは摂政として政治を行うんですワ
聖バルテミーの大虐殺(詳しくは世界史の教科書で)は彼女が実行させたといわれています
3人の息子を王とした彼女 とんでもないオカルトマニアでもありました
彼女の大勢のお抱え占星術師や黒魔術師の中にあの有名なノストラダムスもいたそうです
カテリーナは神様だけでは物足りなく ついに悪魔まで呼び寄せたという伝説まで語り継がれています
この辺のくだりは本読んだけれどかなり面白いです☆☆
こーゆーヒト 好きダワぁ!
メディチ家は18世紀に後継者が居なくなり断絶するんです
メディチ家の血を引く最期の後継者 アンナ・マリア・ルイーザは遺言書にこう記しました
「メディチ家の膨大な芸術コレクションをすべてフィレンツェに寄贈します」
文学では マキアベリ ダンテ ペトラルカ ボッカチオ
美術では ジオット ボッティチェッリ ドナテッロ ダ・ヴィンチ ミケランジェロ ラファエロ ティツィアーノ
建築では ブルネレスキ アルベルティ ブラマンテ パラディオ
かつてこれだけの(もっと居るんだろうけれど アタクシのしっている限りね)天才を一つの時代に 世に送り出した街はないと思う
その 素晴しいコレクションはアンナ・マリア・ルイーザの遺言により門外不出になった
そのコレクションはコジモの頃からフィレンツェの行政機関の事務所だった場所で一般公開されています
これが有名な『ウフィッツィ美術館』
この美術館も何度か訪れているけれど フィレンツェを訪れた際は絶対に行っていただきたい!!
美術や世界史の教科書に載っていた絵が沢山あります(笑)
アタクシにとってこの美術館はね ただ単に超有名な絵画が沢山あるだけじゃなく 何度か訪れる度 『ルネサンス』って人類にとってどういう時代だったかって事がね わかってきたような気がするんだよね
一人の人間に例えると 思春期から青年になる過程だと思う
規律の厳しい中高一貫教育の私立の学校に通っていたコが 受験が終わり大学に入って身も心も開放された時代
それまでの時代は マリア様やイエスは天の人 あの世の人として孤高の存在として描かれていました
男を惑わす『女性は悪だ』といわれた時代もありました
女性は“男を惑わせてはいけない”と 頭からフードを被り 顔以外の露出ができませんでした
規律 戒律に縛られていました
それが段々と変わっていったんです
「マリア様もきっと綺麗だったんだろうネ」
「人間の喜怒哀楽 美と醜悪 これはすべて神から与えられたモノ それらを理解出来ずして神が理解できるワケがない」
「美しいことの何がいけない?」
マリア様やイエスは この世の人として描かれるようになりました
ある画家は 愛した女性をマリア様のモデルにしました
マリア様の胸元がとても女性らしく 美しく描かれています
またある画家は 貴族の娘の裸体をモデルに女神を描きました
女神のヌード
男性の視点から描かれた なんともエロティックで美しい女神
人間を理解出来ずして神が理解できるワケがない
人々は 規律 戒律から解放され人間らしい個性や美徳 悪徳を表現する事の素晴しさを謳歌するんです
ただ この時代の『精神』を現代の道徳基準に照らし合わせてみるなら 不道徳きわまりない怪物のように見えてしまう。。。
なんというかぁ 今の時代と比較してみると『外見的な美』や『肉体的な美』に熱中しすぎて まだまだ『魂』や『心』の道徳的不感症のように思えます
正に 外見やファッションや異性の目ばかりに気をとられてしまう思春期から青年期にかけてのコのように。。。
そーいえば3月20日から東京上野の国立博物館にウフィッツィ美術館より ダ・ヴィンチの『受胎告知』がきますね
この絵はねぇ。。。
色々書きたいけれど また機会があれば~☆
最後に。。。
色々ズラズラ書いてきましたが すべてアタクシの知ってること 感じたこと書いているので 全部が正しいワケではありません。。。
もしかすると ところどころデタラメ書いているかもしれません。。。(笑)
あしからず。。。
アタクシの文章力ではとてもフィレンツェの魅力と愛情を表現しきれませんでした。。。
以下の動画は『冷静と情熱のあいだ』(2001年日本映画)
フィレンツェとミラノが舞台でしたね
えーが的にはアタクシ まったくダメでした
https://www.youtube.com/watch?v=U4RQXrACHpU
このデジログへのコメント
住むならやっぱりフィレンツェが良いなあ。ハンニバルは何故かまだ見れてません…。2を観る前に観ないと
イタ飯とか言ってた時代には「なにを~」と思ってたがPFMというバンドと出会いイタリア好きになりました
う~ん♪歴史は語る~イタリアって芸術が映えてるんですが、第二次大戦時は日本の同盟国って何故なのか?☆
フローレンスとベニスは行ってみたいと思ってました。こんなログを読むと旅心が刺激されます☆
相変わらず素晴らしいログですね。
自分が知らないことだらけです。ちゃんと一回勉強したいと思います
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