- 名前
- yano
- 性別
- ♂
- 年齢
- 55歳
- 住所
- 埼玉
- 自己紹介
- しばらく山にこもったような暮らしをしてました。そうしたら友人も話をする人も居なくなっ...
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好きな人と、一緒に居るということ。
2006年08月23日 03:16
好きな人と、一緒に居るということ。
一生、共に居られるなんて期待しない。
相手も自分の人生を生きているのだから、お互いの道がズレてきたら、お互いの幸福のために離れていくのもありだと思う。
僕の為に夢を捨てたりしてほしくないし、既に向きが変わってきてるのに引き止めあって互いに傷ついて憎みあう前に手を振ろう。縁があったら、再び互いの道が寄り添うことがあったらまた会おう、と手を振ろう。
好きだ、なんて簡単に言えません。ただやりたいだけじゃないの?って自分に問うてからでなくては。
一生守るから、なんて言えない。未来の事なんて分からないのに、嘘になるから。
でもだから、言うときは考えて覚悟した後です。
引きずるもの、纏わりつくもの、自分のも、相手のも、全部受け止めるつもりで言いますから。時間かかります。
いかんせん、こんな僕ですから、皆と歩調が違います。初めは同じ速度で隣を歩いていた人もやがて離れていきました。友達になって遠くで手をふります。
旅は道ずれ、世は情け。
たとい、つかの間でも肩を並べて歩いた時間こそが人の幸せなのだと思います。
「幸せになるということ」
十代の頃も言ってた、二十代の頃も。そして今も気づいたら言ってた。
「幸せになるというだけの事が、何故出来ない?」
みんな幸せになりたくて、なれなくてあがいて苦しんでいて、争ったり、手首切ったり、薬飲んだりしながら生きてる。
幸せになるという、それだけのことが何故できない?
でもねぇ、居て当たり前と思ってた旅の道ずれが離れてしまって、初めてあれが幸せだったんだと気づくこともあります。
世界に生きる人々のそれぞれの道が、並行したり、交差したり、離れたり。
いつか縁があったら、出会いましょう。
遠くにむけて、とりあえず僕は手を振ってみます。
コメント有難う。
ゆずさん。カメラを学ばれてたんですね。僕はバイトでカメラを使ったりしますが、ちゃんとした知識は無いんです(笑)勘で使ってます。いいのかなあ。日本人は携帯で写真を撮るのが大好きだと言われますが、やっぱり、風景の一瞬の光や、人や動物の機微を愛する感受性が、西洋人とは違っているのかもしれませんね。
オーロラの動画をさっきも見てたのですが、これも花火と同じで綺麗すぎて虚無に襲われます。
郁さん。元気つけてくれて有難う。確かに裏目裏目でも気にしてどうなるものでもないですからね。いつも思っているのですが、ちょっと無理してでも頑張ろうとしてるように見えます。適当に肩の力を抜いてだらしなくしたり、ちょっと悪い人になってもいいと思いますよ。
ななさん。
いつも有難う。自分ほど相手は気にしてない、ってそうなのかもしれませんね。変に考えすぎなところがあるのです。相手の顔色を伺いすぎて自分を失くしてるのかもしれませんね。はい、ちょっと吹っ切ることにしました。
僕はあんまり外食しないので、まだ「ひつまぶし」発見できてないんですよ。でもこれで名古屋に行く楽しみがふえました(笑)軽はずみな事は言えませんが手を上げてるのは本当ですよ!
睡眠時間が短そうなので、体調に気をつけて下さいね。来月TDL行ってみようかな?
おやすみなさい。
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