- 名前
- 西野 優奈
- 性別
- ♀
- 年齢
- 34歳
- 住所
- 東京
- 自己紹介
- 自由コメント: 人の恋愛に大切な事: う前に知りたい事: 初デートで行くなら: 主導...
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私が本当にお伝え(証し)したかった事
2025年12月06日 22:42
先日は、私の『愚行』で大変ご迷惑をおかけ致しました。
読者の皆様、コメントを書いて下さった方には、改めて深く謝罪申し上げますと共に、私が本当にお伝えしたかった文章のみ、再編集して以下、掲載致します。
12/4の「デジログ」を先にお読み下さい。
出来れば11/30の「デジログ」も。
内容が密接に関連しておりますので。
12/4の「ログ」に書きましたが、愛する女性-K子さんとの生木を引き裂かれる様な突然の別離は、私に精神的にも肉体的にも血を流す様な痛みと絶望をもたらしました。当時私は、大学を卒業して2年後、24歳。
私たちの絵に描いたような幸せな生活は、K子さんの突然の海外赴任、そして会社後継者としての結婚と言うあっけない形で終わりを告げたのです。
惚けた様になった私が、心の隙間を埋める様に通う様になったのが、11/30の「デジログ」に書きましたビアンの集うBARだったのです。
そこで私は「店の看板」として、沢山の女の子と出会うチャンスを持つ事になったのです。今考えると、それまでの「貞淑な妻」としての生き方が否定された反動と言う要因も否定出来ません。また24歳と言う怖いもの知らずの年齢もあったのだと思います。
私は実に多くの、様々なタイプの、女の子とお付き合いしたのです。
何しろ、こちらは黙ってカウンターの止まり木に座っているだけで、可愛い子、素敵な女性が声をかけて来る、或いはテーブル席で寂しそうにしている初心そうな女の子を隣に呼んであげれば、嬉しそうに顔を輝かせて駆け寄って来る、正に「引くて数多の一人舞台」。
見かけは可愛いくても話の中身が薄っぺらい子は適当に追いやり、外見も中身も(これも11/30のデジログに書いた「上位条件」に当て嵌まる)女の子だけ、閉店迄引き留めて「お持ち帰り」。
正に「女の子には不自由しない」と言うか、酷い時は日替わりで、違う女の子を相手にセックスし放題だった訳です。
じっくりお付き合いしてから、セックスする懇ろな間柄に、なんて考えは微塵もありませんでした。
だって恋愛期間を含めたら5年近く、それこそ気が狂う程愛した女性でも、別離は呆気なくやって来たのですから。
但し、結果的に「ワンナイト」の関係で終わったとしても、私にとってビアンセックスは、「気晴らし」でも「道楽」でも無く、「命を掛けた遊び」だったのです。
かくして29歳で「お店の看板」を卒業する迄私は実に色々な子とビアンセックスを交わし、沢山の女の子が私の肉体を通り過ぎて行きました。
そんな「命懸けのセックス」に耽溺した5年間が静かに黄昏を迎え、仕事に注力し始めた30代‥‥と言いたいところですが、実際には、若い女の子たちが私を選ばなくなっただけのことです。
逆に私が努力して、女の子を口説かなければなければならなくなったのです。
観た当時は、その感覚が理解出来なかったのですが、私が「イケイケ」の頃、流行ったドラマがありました。『MOZU』と言うタイトルで、本筋には直接関係無いのですが、大杉警部補の娘の女子高生が公安の明星 美希に『30過ぎたらみんなオバサン。同じだよ』としれっと言い放つシーン。
奇行故か今や殆どお見かけしなくなった某女優が演じた自信満々の公安捜査官が軽いショックを受けて何も言い返せない、そんな場面を妙に覚えています。
10年経った今なら、「なるほど、その通りだよね」と実感している次第です。
そりゃ、そうでしょう。
24歳の瑞々いイケてるビアンと、34歳の衰え始めたビアンがいたら、若くて可愛い女の子が、どちらに声をかけるか、どちらとセックスしたいか、そんな事、明々白々じゃないですか?
だから、今の私は、こちらから積極的に声を掛けて女の子をハントするしか無いのです。
11/30のデジログ『女の価値、ビアンの価値。そして私自身は?』に対して「個人的には女盛りは40代以降と思います」と優しくコメントして下さった紳士がおられましたが、うーん、そうでしょうか?ホントに?
男性には分からないと思いますが、「40代(場合に依っては50代)なのに美しい!」とか「美魔女」とか言われている女性が、その美を保つ為にどれ程の財力と努力を掛けている事か。
つまり相当の「無理」をしなければ、「女盛り」とは見られないのですよ。
換言すれば、「自然体」のまま「女盛り」と思われることなど、あり得ません。
だからこそ、そうした「人目を惹く特異な女性たち」が「ネタ」としてメディアの記事になるのです。
先の紳士は、12/4のデジログにも、(私の文章を読むと、)『殉教者のそれと同じものを感じます』とコメント下さいました。
然し、それは半分当たっており、残り半分は「誤解」です。
抑も『殉教者』とは、ギリシア語の"martys"を語源としており、その意味は「法廷で真実を語る"証人"を意味します。
つまり、自分の見た事、体験した事をありのままに述べる役が『証しする人』=マルティレスなのです。
私はこの場をお借りして、自身の見た事、経験した事を証ししています。
その意味では、正に"martys"と言えるでしょう。
然し、『社会に依る犠牲を強いられる者』と言う意味合いで私を『殉教者』と感じられるのは、言葉の本来の意味を(善意で)『誤解』されたに過ぎず、元より私の本意でもありません。
さて、男性の皆様に、ここで改めてお聞きしたいと思います。
自然に瑞々しい24歳の女の子と、見事に作り込んだ美しさを纏う44歳の女性。
どちらでも選べますよ、と差し出されたなら─
それでも敢えて、後者を選ぶ男性が果たしてどれ程おられるでしょうか。
ビアンの世界も、それと同じです。
つまり、どれほどビアンセックスの技巧や様々な女の子との経験を重ねたとしても、ビアンとしての「市場価値」は30を境に容赦なく下り坂へと向かう――
その当たり前の現実を、私はこの4年を経てようやく静かに受け入れたのです。




このウラログへのコメント
青い果実に味はない。
果実も女性も、実り熟して初めて美しくなるものやとわしは感じる。
> ベソさん
若くても私の「条件」に合致した女の子は「美味」です。逆に30過ぎても精神が幼い儘、知的怠惰な女は「オバサンだよ」と若い子から切り捨てられて当然だと思います。ドラマの場面と同様に。
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