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正常さってのは・・・

2009年11月09日 11:37

表に引き続き・・・

正常ってのは何だろうね。
国や時代によって正常の定義なんて
いくらでも変わってくるから、
人間本来の正常な姿ってのは
未開拓社会ならまだしも、
今日のような文化的・産業的社会じゃ
意味が無い問いかけなのかもしれない。

個人的には人間はものすごく
汚い生き物だと思ってる。

正常ってのは、その汚さを
真正面から受け止めて、
自分がそうであると知る事
なんじゃないかって・・・

本能のままに生きる社会なら
レイプ人殺しも当たり前で
血で血を洗う地獄のような
世界になるんだろうなって・・・

ただ歴史とか文化とか
人間が英知(と呼んでいるもの)
によって人間「らしい」振る舞い
ってのがある種脅迫と同じように
規定されているだけなんだよね。

水も食料も自由に手に入らない、
当然風呂もトイレもない状況で
ポーンとほっぽり出されたら、
人間は臭くて汚くて、とても
近寄りたいと思えない存在になる。

でも人間は本来そういう
「生き物」なんだと思う。

人間本来の欲望のままに
生きていたら、人という種族の
存亡すら危ういのかもしれない。
肉親だって平気で殺すだろう・・・
近親相姦だって当たり前だろう・・・

けれどそういう時代を経て
今日があるわけで、人間の欲望
モノやカネ、権力、食やスポーツ
趣味、仕事と様々な形で
分散させられて成り立ってる。

でも自分たちで決めたルール
逆に自分たちを苦しめる結果とも
なってる。

今日の人間らしさが明日の人間らしさ
になるとは限らない。今日の英雄が
明日の犯罪者になる事もしょっちゅうだ。

それだけ「あいまい」な社会の中で
「正しい」と言い切れる事は
数少ないんだろう。

他人を傷つけるな。
他人の財産を奪うな。
他人の命を奪うな。

けれどそれを国家がやってる。
そんな矛盾を抱えたまま時代が
過ぎてゆく。

開発」は聞こえがいいけれど
実質やっていることは「破壊」だし、
人間の存在によって種そのものが
消え去ってゆくのを目の当たりにして、
63億もの人間がいるなかで、
一人の命の重さなんて本当は
限りなくゼロに近いんだと思う。

他の国の誰かが死んだって
まるで実感がない。それがどんな
悲惨な死にかただって・・・・だ。

戦争を知らない自分たちは
死を目の当たりにする事が
極端に少なくなった。

更に死は人間だけのものではなく、
他の全ての生命にあるものなのに、
他の種に対する死に対して
ほとんど罪悪感を感じないで生きている。

毎日食べる肉や魚や野菜だって、
全てに命があったのに・・・

モノを食べる時、いちいちその背後に
ある「死」を意識して食べる人は
ほとんどいない。気軽に食べる
ハンバーガーには牛の肉が使われていて、
小麦粉や野菜や香辛料だって何かしらの
命の上に作られたものなのに。

生きていくために他を犠牲にして
破壊の限りを尽くしているのに、
それを実感しない。実感出来ない。

そんな感性が正常なのか?
と問われたら、それは狂気では
ないのか?と答えたくなる。

便利な社会になった。
快適な暮らしがある。
(人にとって)安全な場所がある。

その一方でいつも死と隣り合わせに
暮らしている人々がいる。
死を決定されて生かされている
動植物がいる。

そう遠くない未来に、人間が
逆に立場になると思っている。

人間は壊しすぎた。殺しすぎた。
そのツケは多数の人間の滅びによって
あるいは全ての動植物を巻き込んで、
破滅に向かう事に集約されていくんだろう。

その時、生き残った人間が見る世界は
その時の人間の「正常さ」は、
今の社会とはまるで別のものだと思う。

人間に本当に「英知」があるとすれば、
目の前の些細な事で争い奪い合う時間は
一刻もないという事に気がつくはずだ。

そしてそれを乗り越える手段を
持つはずだ。それが出来なければ
人間は高等生物などではなく、
最も愚かで下等な生物に違いない。

乾きや飢えで、水とパンを奪い合い
相手を殺してでも手に入れなければ、
毎日の糧無くしては生きていけないのが
人間なのだから。

その時になって座して死を待つ
姿勢を取る事など、欲望にまみれた
人間に出来るはずもない。

生に向かう力と死に向かう力を
対等に持ち合わせて、それを
自分の意思で(自殺という意味ではなく)
制する事が出来るようになった時、
人間は英知を持ったと言える
のではないかと思う。

豊かさを享受する時代はもうとっくに
終っている。今は豊かさを奪い合う時代だ。
人間らしい営みという幻影に惑わされて、
知らず知らずに搾取している自分自身を
知っても尚、形だけの豊かさを求める者に
心の豊かさなど得られるはずが無い。

「人間らしい営み」をモノとカネと権力
拠って経つ事を続けていくのなら、
心の空虚は絶対に埋まる事は無い。
一時の快楽に溺れているに過ぎない。

今の社会が規定している「人間らしさ」
そのものが病理であるのだと思わざるを得ない。

快楽幸福への道しるべなどではなく、
破滅に導く甘いエサなのではないか。

それを承知した上で快楽に身を投じ
享受するのならば、それこそは意思だ。
意思を持って搾取し、他を犠牲にして
快楽を求めればいい。その事で人類そのもの
自分の愛しい人でさえ、親しいものでさえ
滅亡へ導いているのだと知っていながら、
快楽を貪り続ければいい。

欲を捨て仏に滅する事も祈る必要も無い。
もし神がいるのなら、神は何も禁止など
していない。人が出来る事は全て人に
許された事なのだと思う。それがどんなに
高尚な事でも残忍罪悪な事だとしても、
所詮は人が創り上げた「概念」の上に立つ
ものでしかないからだ。

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