- 名前
- Redford
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- 年齢
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- 住所
- 東京
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留学について2 どこに行くかもどう過ごすかも大事に決まっている
2016年09月16日 00:19
こんばんは。
昨日はちょっと尻切れになっちゃいましたのでつづきを。
そういえば、僕はどうやって、留学先を決めたのだっけ・・・?
実は、姉が既に留学していて(学費は20年前の日本の国立と同じようなところ、、、アメリカでも探せばあるんです)、ま、受験勉強もしてないし、する気もないし、留学かなぁ、、、ってくらいいい加減でした。家にあったのは、アメリカの大学のカタログ、多分、その当時の4~5年前のもの。思春期のプライドが何か判らないけど結局姉には一度も相談しなかったですね。。。
今はウェブサイトが充実しているし、wikiやらなんやら色々あるので、色んな情報を入手しやすくなっていますが、当時僕が頼ったのはこの一冊で、参考にしたのは、生徒とInstructorの比率、キャンパスの広さ、立地、最低限のTOEFLのスコア(このminimumrequirementぴったりでした・・・さすがに今は満点近くとれると思いますが、当時の僕は高校のクラスでも下から数えた方がはやかったですからね、それも英語でも。数学と体育だけが5で後は3と2が並ぶ体たらくぶりでした)、そして学費。。。
今の僕が当時の僕にチャチャを入れるとしたら、なんでアメリカなのよ! ですね。
英国も一瞬考えたのですが、リサーチ不足かもしれませんが経済的に無理でした、でも、デンマーク、スウェーデン、ドイツ、、、イタリア、フランス、、、東南アジアやインド、メキシコ、アルゼンチン、、、色々あるじゃないですか。英語というくくりで考えても、北欧の大学は入れるところはあったでしょう(学費免除のためには現地語で授業をとる必要があったりしますが)。
お金のことは、確かに大事です。でも、天文学的な金額は必要ありません—もちろん、アメリカの名門私立は学費は高いです。これはいかんともしがたい。多くの人には奨学金を勝ちとるしか道がないでしょう。パブリックアイビークラスも相当高い。僕も3年時にパブリックアイビーのそこそこのところに編入しましたが、それから2年は親に負担をかけました、経済的には恵まれていました(それでも、切り詰め切り詰めひもじい思いをして3日ほど飯も食わずに過ごしていた時期があって、不憫に思った教授が「たらふく食え」と夕飯をおごってくれたり、何も言わずにお金をかしてくれたりもしました。。。)。とはいえ、成績次第では留学生でも奨学金が貰えたりします。当然、現地でバイトをしたりしましたが(僕はoncampusの在学生による在学生向けの家庭教師というかチューターみたいなのと、図書館司書のアシスタントをやってました)、生活費もバカにならなかった。
おっと、話がとんでしまいました。要はお金は重要です、ということです。
現地の生活費については、international studentofficeなんかに問い合わせるのもひとつの手です。
で、実はTOEFLのスコアもお金と密接に関係してくる。というのも、いいスコアを持っていれば、多くの選択肢がある—選択肢が増えれば中には安いところもあるということです。当時は550点~600点(ペーパー換算)あれば大体のところは入れる感じでした(人気校を除く)。んが、僕の当時のスコアは450点。これで、入学できる学校は限られている。。。ですが、大事なのは、学校に入ってしまうことです、で正規の授業を受けることです。学校に併設されている、あたかも学校の正式なクラスであるかのような、ESL/FSLschoolからスタートしないことです(Englishと並行しているESLのクラスは正規の単位としてカウントされるものがあり、それはOKです)。ここでスタートすると、やっぱり、日本人や、さして英語のできない子達とつるむ機会ばかりが多くなるからです。
結局、正規の授業をとる前に帰っちゃう子達を何人かみました。
彼らはよくカフェテリアなんかにたむろして、現地の人を「ガイジン」と呼んでいました。。。いや、ここではガイジンは君であり僕だよ、と思ったりもしましたが、僕は彼らにお説教をするほどお人好しではなかった。
まとまりに欠けますが、つづきはまた次回。
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